工房主の経歴について

工房を立ち上げて1ヶ月が経過しました。全く無名の状態で、家業を引き継ぐでもなく、どこかの下請けでもなく、ゼロからスタートして顧客が来るのか心配でしたが、すでに何件かの仕事のご依頼をいただきまして、勇気づけられております。この場を借りまして深くお礼を申し上げます。

しかし、ちょっとまだ申込みには二の足を踏む方も多いのではないかと思います。信頼や実績といったものは、一朝一夕には築くことができません。アトリエ・ドゥの評判どころか名前さえ知られていないのですから当然です。そこで、サービスのご利用判断のために足りないと思われる情報を補うべく、今日は工房主が工房を開く以前の経歴について、時計の修理実績を中心にご紹介いたします。

【上海時代】

月)ロレックス・・・主にDJ 金無垢/ステンレス

火)ジャガールクルト・・・レベルソほか多数 金無垢 ダイヤ付き

水)ゼニス・・・エルプリメロ、エリートなど 金無垢

木)オメガ・・・ほぼ全てのモデル 金無垢/ステンレス

金)フランクミュラー・・・トノー型 金無垢 ダイヤ付き

土)HUBLOT/タグホイヤー/カルティエ/IWC/ブルガリ などなど他多数

とにかく爆買いの中国です。金、金、金であります。笑

私はWOSTEPの資格を取得後、上海へ渡航し現地の大手企業で二年間雇われていました。これには目論みがあり、急激に経済がのびて高級時計を身につける中産階級が台頭しても、サービスの質は追いついていないのではないか?という読みでした。これが的中し、新卒新人ながらWOSTEP認定技術者というだけで、いきなり上席ウォッチメーカーとして迎えられました。(さらに実力が評価され、ほどなく『Watchrepair Specialist』なる肩書きを得ます)日本ではあり得ません。新米は電池交換から始めるとか、古い体質と価値観がはびこっています。

こうして、上記カレンダーのような日々を送りました。延べ 1,000件程度の修理およびポリッシングの経験を積むことができました。(一人で中身も外装も全て担当する制度だったため、あらゆる現行品ブランドのしかも最高級品ばかりをいじれる絶好の機会でした)

【東京御徒町時代】

月)〜土)国産/スイス製 60〜70年代 中心にアンティーク品 ステンレス 金めっき

その後、帰国して御徒町でも一年間という短い期間ながら、中国ではほとんど担当する機会のなかった内外アンティーク扱いの時計の修理を、約500件程度行ないました。特に往年のセイコーやシチズンで今でも人気のある代表的なモデルは、ここで覚えました。御徒町にはエライ人がいっぱいいまして、私の上海時代の話なんか珍しくも何ともなく、誰も耳を傾けようともしません。職人ヒエラルキーのようなものが厳然としてあり、キャリアの長さと実績がすべての縦社会です。私はここで覚えることだけ覚えて、さっさと居心地の悪い日本の修理業界から去ることを決意しました。内向きでお互いの鼻息ばかり伺って、外の世界への風通しがない閉塞感に耐えられませんでした。

そして今があります。こんなちょっと変わった経歴の時計師ですが、おかげでアンティークから現行品まで、ほぼ全ての機械式時計を網羅して、修理経験を短期間で身につけました。ですから、仮に1,000万円の時計を依頼されても臆することはありません。ボロボロの古くて動かない時計だって同じように修理します。

私にとってブランドとは価値ではなく、ただの分類に過ぎません。ブランドによってサービス対価が異なるなら、サービス内容に差があって当然ですが、そういう修理をしている所を見た事も聞いた事もありません。同じような修理内容なのにあるブランドというだけで対価が時に何倍も異なるのはナンセンスではないでしょうか?それが料金一律のサービスを思い立った動機でもあり、これまでの業界にはない新しい挑戦でもあります。

本来あんまり自分の話はしたくない性格なのですが、情報のない所に人は来ない、という経験則があります。ご利用のみなさまのご参考となれば幸いです。