番外編・アナログ3針クォーツ式腕時計 ETA 955.112

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アトリエ・ドゥでは機械式腕時計を中心にオーバーホール・メンテナンスや修理受付をいたしております。しかし今回取り上げるようなアナログ・クォーツ式腕時計の受付は行っておりません。クォーツ式時計は今なお消費の中心といってよく、むしろ機械式はブームの時ですら一部の方の嗜好品レベルにとどまるほどの量しか流通しておりません。

では、どうしてアトリエ・ドゥでは膨大な需要のありそうなクォーツ式時計の修理や電池交換などを取り扱わないのでしょうか?


アナログ3針クォーツ式腕時計・ETA 955.112

時計の内部パーツをすべて分解したようすです。同じ3針式でカレンダーのついた機械式時計と比べると、パーツの数は半分以下しかありません。あまりに部品点数が少ないので、針・文字盤や外装パーツまで全部1枚の写真に収まってしまうほどです。ちなみにこの時計は当工房で実際に基準時計としてテストランニング用に使用しているものです。日に1秒と狂いませんので、機械式時計の歩度合わせ・確認用には十分使えます。電波時計など、より正確な方法があることは承知したうえで、あえて自分で整備した普通のアナログ・クォーツ式時計を使います。自分の仕事が信じられないようでは、他人様の時計の修理など望むべくもないという信念があります。

 

地板に比して、歯車など機構部品の占める部分が極端に小さいことが分かります。これは動力がボタン電池などの微力なエネルギーであるため、なるべく小さな動力で済むようにパーツは極限まで小さくするほうが有利だからです。かつ、量産するときにコストがかかりすぎない程度の大きさ(あまりに小さいと別の意味でコストがかかる)というバランスの結果です。手動でリュウズ操作したときの場合の耐久性という点からみても、あんまり華奢すぎてはすぐに壊れてしまいます。

 

こちらは動作輪列のようす。手前の丸い穴はボタン電池が入ります。機械式ならいつもは香箱が入る穴ですね。エネルギーの貯蔵が時計の体積に占める割合は全く方式が違うにもかかわらず、案外似たようなものだと気付かされます。車や飛行機なんかどうなんでしょうね。

 

輪列部分を拡大したようす。一番左がローターという磁石のついた歯車で、これを回転させることで動力を輪列に伝えて動作させます。真ん中の車を挟んで右の歯車は細長い足が文字盤側を貫通しており、ここに秒針がつきます。機械式ではゼンマイからバランスへと輪列のギアは増速輪列でしたが、クォーツ式時計ではこのようにローターから針のついた歯車への動力の伝わり方が真逆であり、減速輪列となっております。わずかな電力でもテコの力を最大限に活かして、時計の針をぐるぐる回しているわけです。機械式のゼンマイはそれに比べて針を回すためにはあまりに莫大なエネルギーですが、一瞬で解けてしまわないよう、チビチビとエネルギーを小出しにして、バランスを長時間動作させるための仕組みです。このように増速輪列と減速輪列では、一見似たような部品を使っていても全く動作が異なるのです。

 

輪列に受けを取り付けました。ローターを取り囲むようにして横たわっている金属ブロックはステーターと呼ばれるパーツで、磁力を通しやすい材料でできています。ここに電磁コイルへパルス性の電流を流し、その両極から生じる電磁誘導のエネルギーをステーターに流すことによって、磁力の極性変化によりローターを回す仕組みです。動作原理は発電機やモーターなどの仲間です。ただ、電力を取り出すか消費するかの違いです。

 

ふたたび時計の表側へ戻って、カレンダーディスクまで内部パーツの組み上げが完成したところ。

 

クォーツ式時計のキモにあたるのが、この回路ブロックです。ここにローターを回すための磁力発生器となるコイルや、動作のタイミングを決めるためのクォーツ、そしてボタン電池から取り出した電力によりそれらのデバイスを統括制御するためのコントローラーであるICチップが全部一つにまとまっています。クォーツ式時計が故障して動かなくなるときって、だいたいこのブラックボックスの中が壊れるのです。歯車とか物理的に動作するパーツの不良で故障することはほとんどありません。

 

回路ブロックと電池まで組み付けて、ムーブメントは完成です。このあと本来ならばクォーツ式時計用の論理緩急の周波数や、コイルに流れる電流が適正であるかどうか調べるための、クォーツ時計用測定器を使って特性をチェックする必要があります。これがまた高い。業務用のちゃんとしたやつだと一台で何十万円もします。当工房にはあいにく準備がございません。直す腕はあっても、業務として提供できる設備がない。この点がネックです。

そして、交換用のボタン式電池も主なものだけで30種類以上もあり、クォーツ式時計の修理をはじめるならそれらの在庫も取り扱わねばなりません。要するにコスト増です。毎日何十人もお客さんが来てくれることが見込まれる量販店の時計修理窓口ですとか、交通の便のよいところで昔から営業している名の知られた時計店とか、そういう環境でない限り商売にならないわけです。ネット限定の当工房では全く割りに合いません。電池交換だけのためにわざわざ1本だけ時計送る人もおりませんので。(輸送コストのほうが高いくらいです)

 

ETAの時計であるからには、機械式と同様に交換用パーツもあるのです。しかし、ETAは当工房でも周知してすでにご存知の方も多いと思いますが、現在パーツを供給してくれるのが、系列会社など自社グループ内に限られており、一般の修理店などには卸してくれません。過去流通分がまだ市場には残っており、実際には入手しようと思えば手に入らないこともないのですが、確実に中間コストがかかります。そうなると、正規サービスセンターと比べて競争力のある価格でサービス提供できません。ただでさえ儲からないクォーツの修理を、新規に設備投資までしてわざわざ提供する気になるでしょうか?費用回収までに何年もかかってしまいます。

 

これはその『故障の原因の大半を占める』といって過言でもない回路ブロック。これ一枚をポーンと交換するだけで、ピクリともしなかった時計が何事もなく動きだすことがクォーツ式では非常に多いパターンです。電子機器を搭載するには腕時計のような身につけて年中外乱にさらすようなアイテムはあまりに過酷な環境なんです。ですから数年も使えば大半のものは壊れる運命にあります。

それに加えて、職人のやりがいという点でも全く面白くない。ただパッケージから取り出して交換するだけです。調整もへったくれもありません。あらかじめ設定されたブラックボックス内部の動作により、月差や年差数秒以内が当たりまえ。可愛げもなにもありません。技と経験がモノをいう機械式時計の修理とは違い、これならちょっと分解の心得のある素人でも誰でもできちゃう。わざわざ高い人件費で時計修理の職人にやらせるまでもないんです。まして私にしかできない仕事でもなく、クォーツで勝負する意味がないのです。

 

ケーシングまで来まして、あとは裏蓋を閉じれば修理完了です。

いかがでしたでしょうか。ちょっと専門的でわかりにくい点もあったかも知れませんが、おおむね私の考えていることはご理解いただけたのではないでしょうか。

最後に。お客さんの層も機械式とクォーツ式では異なります。機械式ファンの方は、直し直し長く使いたい人が多いです。クォーツ式を使う方にも一部機械式と併用される方もいますが、大半の方は時計の内部にはあまり興味のない、ごく普通の方です。クォーツ式は値段も安価なものが多く、むしろ価格帯が10万円以上がザラである機械式の世界とは明確に異なる層にターゲットが向けられております。

クォーツ式は使い捨てのほうが主流であり、電池交換を何回かしても、壊れたらそこまでという人のほうが多数派ではないかと思います。今回の事例のように時計師をしてオーバーホールメンテナンスやパーツ交換までして長く使われるクォーツ時計は、やはりスイス高級時計ならオメガですとか、国産でもグランドセイコーやザ・シチズンのような高級機に限られてきます。数千円の時計を数万円の人件費払ってまで修理して使う人いないわけです。買い換えたほうがずっと安い。

顧客の無知により、数千円の時計を数百円で直せるかのように考えている人が迷い込むことはあります。そのたびに説明して、絶望されたように帰っていくお客さんの顔を見るのはツライものがあります。「ええっ!?そんなにするんですか?」と言われると、なんだか法外な料金で悪徳な商売でもやっているような気になります。以前に勤務していた時計修理店ではままある日常の一コマでした。

 

※どうしても思い出などがあって、他の店どこでも断られてしまうような交換パーツすら手に入らないクォーツ式時計、なんとかなりませんか?という方。アンティーク扱いで、オークションから時価で交換用パーツとして同型の機械が搭載された中古品を取り寄せてでも、何万何十万円かけてでもお金に糸目はつけませんから、という方に限り当工房にて修理のご相談に乗りますので個別にお問い合わせください。(基本クォーツ時計は受付しませんが、『この記事を見た』と一言いっていただければ特別枠として扱います。当工房のコアなファンのための裏口つくっておきます。笑)

 

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