セイコー・ロードマーベル36000 その1

SEIKO|Load Marvel 6155-8000

東京都 S.S.様ご依頼品

前回のセイコーGSスペシャルハイビートの複数台組み上げの記事に触発されたのか、別の方から今度はセイコーロードマーベル36000のオーバーホール1点に加え、なんと同じ5740-8000の時計3台をひとつの理想ムーブメントに組み上げて欲しいとのご依頼の1点、合計2点のサービスお申し込みがございました。

まず通常のオーバーホールを行なった1点目です。外装ケースは状態が良く、過去に研磨をしたような跡があります。こちらの外装は洗浄のみのご希望です。


セイコー・ロードマーベル 36000

分解前の測定から。ビートエラーが少しありますが、精度は出ており内部の状態も良さそうです。

 

裏蓋をあけたところ。ガスケットの入る溝にサビ跡がありますが、これも過去の手入れにより適切に処理されており、当工房では何もする必要がないので『サビ取りパーツ補修』の適用は見送りました。

 

バランスの耐震装置を拡大したようす。この写真では分かりにくいものの、油が中心になく外側に流れてしまっています。

 

耐震装置を取り外したところ。油を中に入れすぎると、このように外側に流れてしまい、肝心のホゾの部分が乾いてしまいます。この部分については前回の修理が不適切な注油量だったのでしょう。良心からなるべくたっぷり油を入れたがる人がいるのですが、かえってそれが仇になることもあり難しいものです。

 

ムーブメントのパーツを分解して洗浄を行いました。幸い交換が必要となるパーツは見当たらず、このままオーバーホールのみにて進行できそうです。

 

外装ケースも洗浄します。今回はパーツ点数も少なく、一気に仕事が進みます。

 

香箱と2番車から組んでいきます。あまり使用跡もなくホゾなどもしっかりしています。

 

続いて輪列を組んでいきます。ちなみに歯車や受けの表面に無数の細かい線傷のように見えるものは過去の修理などによってつけられたものではなく、セイコーのこの時代の時計は全部このような仕上げ(と呼んでいいかわからないが)です。見る人が見ればわかると思いますが、これは機械の切削跡で、工場出荷時からすでについているものです。

 

ベースムーブメントが組み上がりました。受け上面には簡単なパターンながらヘアライン仕上げが施されており見栄えが多少考慮されています。時代はクォーツショック前夜であり、いかにローコストで高性能なモノを作れるか、ということが追求されただろうことが伺い知れます。時あたかも質素ながら優れた品質の工業製品が世界中でもてはやされ、”ジャパンアズナンバーワン”などと評価されはじめる戦後最高の経済成長をみせていた頃です。ヨーロッパのようなエレガンスさはなくとも、勤勉実直な日本人。その面影が漂います。

 

半巻き(T24)の特性

左上)文字盤上 振り角 201° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 202° ビートエラー0.0ms +009 sec/day

左下1) 3時下 振り角 187° ビートエラー0.2ms -011 sec/day

左下2)12時下 振り角 194° ビートエラー0.2ms +005 sec/day

右下3) 3時上 振り角 185° ビートエラー0.0ms +021 sec/day

右下4)12時上 振り角 180° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

3時下がマイナス11秒と、これは実使用上よろしくありません。反対側となる3時上が+21とやや突出しており、これはテンワの片重りが疑われます。

 

赤い矢印の部分を少し削って穴を掘りました。

 

半巻き(T24)の特性(ダイナミックバランス調整後)

左上)文字盤上 振り角 195° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 197° ビートエラー0.0ms +006 sec/day

左下1) 3時下 振り角 187° ビートエラー0.0ms +000 sec/day

左下2)12時下 振り角 191° ビートエラー0.0ms +000 sec/day

右下3) 3時上 振り角 192° ビートエラー0.2ms -001 sec/day

右下4)12時上 振り角 182° ビートエラー0.2ms +002 sec/day

3時下 -11 → +0 /3時上 +21 → -1 わずかにマイナス側に1秒ほど行き過ぎましたが、ほぼフラットに合わせこむことに成功しました。手の感覚で「だいたいこの位かな?」と実にアバウトに錐を回してテンワを削っていくのですが、これがまた非常に難しく。手に覚えがないうちはついつい削り過ぎてしまって、余計にバランスが悪くなってしまい、反対側をまた削って、、、の繰り返し。よほどにスキルが上達してからでも、結果がこんな絵に描いたようにピッタリいくことはまれです。まあ今日は運が良かったですねえ。

しかし、ダイナミックバランス調整はあくまで最終手段です。できる限り、オリジナルのバランスの質量を尊重すべきであり、たとえ 1mg でも意味もなく無駄に削るべきではありません。昔の時計師の中にはここを安易に考えていて、やたらとテンワを削って好みの特性を作り出そうとする不適切な修理を行う人がかなり多かったようで、穴ぼこだらけのテンワをよく見ます。

時計理論に踏み込む話なので、さらに詳しくはここで触れる余裕がありませんが、とにかくバランスは(慣性モーメント)÷(バネ定数)の関係式でもって性能が決まります。テンワの質量を減らすことは、慣性モーメントを変化させてしまうため、その変化分を緩急針の調整などによりバネ定数の変化分として相殺させたとしても、それはすでに厳密には設計者の意図した通りの動作条件ではありません。単純に周期の帳尻を合わせるだけでは足りず、その他の部分にも影響が及びます。理論を深く知ればしるほど、テンワを削るなど実は理論の面から見ればとんでもない話だと分かってきます。実際の修理の現場では今回の事例のように動作を最適化させる点で有用であるため、ダイナミックバランス調整が行われます。しかしながら、実施はよくよく熟考のうえ行い、軽はずみな施術は戒めなければなりません。理論が全てではありませんし、スキルが全てでもありません。その両方をほどよくバランスさせてこその『バランス』ですね。笑

 T = 2 π √ I / M    【バランスの運動周期を表す公式】

T = 周期 I = 慣性モーメント(kg・㎡) M = バネ定数 (N・m)

 

文字盤と剣付けに進みます。保存状態が良かったとみえ、文字盤表面は年代の割には非常に綺麗な状態でした。

 

ケーシングまで来ました。それにしてもこの時計は人気がありますねぇ。

 

最終特性 全巻き (T0)

左上)文字盤上 振り角 214° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 205° ビートエラー0.0ms +008 sec/day

左下1) 3時下 振り角 200° ビートエラー0.1ms +009 sec/day

左下2)12時下 振り角 205° ビートエラー0.1ms +007 sec/day

右下3) 3時上 振り角 214° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

右下4)12時上 振り角 199° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

全巻きにしたところ、姿勢差が少し広がってきましたが、それでも全姿勢が10秒以内に入っており、まずまずと言えるでしょう。手巻きの時計は全巻き(T0)と半巻き(T24)で性能が変化します。これはゼンマイのトルクが次第に落ちていって、それに伴いバランスの振り角が下がっていくことに起因します。理想はもちろんバランスの振り角が変化しても、歩度は一定である(専門用語では等時性が良いという)ことが求められますが、実際にはそのような完璧な特性をもつ機械式時計はありません。ひげぜんまい固有のクセにより、各姿勢でバラバラに変化しますので、どうしても全体の変化幅を見越した調整が必要になります。ギリギリの調整をしてしまうと、人や使い方によっては遅れる時計になってしまう訳です。ここが手巻き時計の歩度調整の面白くもあり、また難しいところです。

 

【seiko load marvel 5740c】
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□オーバーホール料金 手巻き  ¥ 15,000
□その他
 ・外装研磨サービス 洗浄のみ  ¥ 無料
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合計金額      ¥ 15,000

 

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