今日の時計『アントワーヌ・プレジウソ』

Antoine-Preziuso|automatic (2892A2)

宮城県Y.K.様ご依頼品

プレジウソと言えば、フランクミュラーと同じく、90年代の機械式時計ブームに乗って一躍有名となった天才時計師のひとりです。しかし、独立時計師として自らが手がけて生み出すマスターピースクラスのものとは別に、一般にも手の届きやすい普及価格帯の製品も出しています。その多くがETA社のムーブメントを採用したもので、本機も2892A2をベースに、仕上げをオリジナルにしたものです。(それにしても、お問い合わせのときは一瞬ギョッといたします。まあアトリエ・ドゥにトゥールビヨンを送ってくるような方が出てくるなら、余程にたいしたものですが)ちなみに、トゥールビヨンなどというものは、一度も触れたことすらございません。ああいうものは、運良く引き抜かれて製造ラインのメンバーにでも入れてもらえない限り、覚える機会はありません。そうでもなければ菊野昌宏氏のような人並み外れた探究心とバイタリティで自分で作ってしまうかのどちらかです。

やるせないため息をお客様と一緒につきつつ、頑張ることにいたします。


アントワーヌ・プレジウソ 自動巻 (ETA2892A2)

アントワーヌ・プレジウソのオーバーホールのご依頼です。フルポリッシュのご希望でしたが、風防がご覧の通り特殊な形状のため、取り外しと再接着に破損のリスクが大きいことから、当工房では受付を断念いたしました。円形のものならサファイアグラスでもプラ風防でも色々なサイズに対応できるのですが、こういう特殊形状のものですと、万が一割れたり欠けたりした場合に替えがみつかりません。

 

分解前の測定。ビートエラーがやや大きい姿勢のあるほかは、まずまず性能が保たれており、オーバーホールの実施のみで対応できそうです。

 

分解していきます。注油はほとんど乾いていて、ちょうどメンテナンスの頃合いと見受けられます。

 

輪列受けを拡大したようす。油が乾いて、汚れが穴の周囲にこびりついているのがわかると思います。このまま無理に使い続けると、3番車や4番車などもホゾがすり減ってしまい、交換せざる得なくなります。目安は前のオーバーホールから5年までです。内部の油は使っても使わなくても5年で乾いてしまいます。

 

こちらは地板のようす。洗浄前(上)と比べてみて、洗浄後(下)は穴石がキレイになっています。

 

すべてのパーツの分解と洗浄が完了したところ。

 

ゼンマイも取り出して洗浄します。

 

香箱にゼンマイを巻き直して、新しい油を注油したところ。

 

自動巻のローターのベアリングが少し緩くなってきており、今回はベアリングを交換することにしました。

 

ETAのパーツは比較的まだ入手しやすく、在庫も豊富です。

 

組み立てていきます。地板に輪列を組んだようす。

 

アンクル(脱進器)まで組んだところ。

 

バランスまで組んで、ベースムーブメントの完成。

 

測定の前に自動巻きブロックも仮組みして、動作をチェック。新しいベアリングにしたら、スムーズに巻き上がるように。こうしたちょっとした所を見落とすと、「すぐに止まる」などの苦情と共に出戻りしてしまいます。時計の部品はほんとうにシビアで、わずかな摩耗や変形が命取りになります。

 

ベースムーブメントの測定

左上)文字盤上 振り角 293° ビートエラー0.0ms +007 sec/day

右上)文字盤下 振り角 302° ビートエラー0.0ms +006 sec/day

左下) 3時下  振り角 264° ビートエラー0.1ms +005 sec/day

右下)12時下  振り角 261° ビートエラー0.2ms +006 sec/day

分解前と比べると振り角が全体的に20°前後あがっており、上々です。

 

続いて文字盤側へと進みますが、今回のモデルはカレンダーがないタイプのため、非常にすっきりとしています。

 

カレンダーがないと、針の取り付けも楽です。短針はどこにつけても良いので、いちいち針回しして0時ピッタリを探る必要がありません。

 

ケーシングまで来ました。枠の一部が汚れて見えるのは、サビです。これはすでに落としてありますが、表面がデコボコになってしまったため、写真では汚れのように見えます。この真上に専用ガスケットが入ります。幾分ガスケットから内部に液漏れしたような跡もみられます。防水だからといって過信してラフに扱ったり、定期メンテナンスを怠れば、いつのまにか内部に浸水します。そうなってからでは遅いです。たとえ潜水時計であっても、どうしてもそれを着用して潜らなければいけない事情でもない限り、水の中などに浸けるのはやめたほうがいいです。以前にお客さんで、シャワー浴びる時も毎日つけたままという方がいました。「だって防水でしょ?」そう言われると我々は二の句がつげません。せいぜい長持ちするといいですね、と心の中でつぶやきます。

 

ガスケットもケースの形状に合わせた専用品です。こういうものは、ヘタッて来た時が厄介です。汎用品で同じ形状のものはまず手に入りません。(風防の時と同じで、ただの丸ゴムならいくらでもサイズが豊富ですが、こういう形のものはそもそも時計材料として流通しておりません)千切れたりしたら防水性能はガタ落ちします。メーカーでなければ直せないでしょう。高くつく形状です。

 

ライトポリッシュを施す前のブレスレット(上)と、研磨後(下)ごく浅い擦り傷程度は落ちますが、深い線傷まではとれません。パッと見た印象がツヤが出て綺麗になったかな?という程度です。アトリエ・ドゥの研磨はおまけ程度のものです。再販売できるほどピッカピッカにしたければ、本職の研磨師でないと厳しいです。ご期待に添えず申し訳ございません。

 

最終特性

左上)文字盤上 振り角 291° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 291° ビートエラー0.0ms +007 sec/day

左下1) 3時下 振り角 257° ビートエラー0.0ms +007 sec/day

左下2)12時下 振り角 254° ビートエラー0.3ms +010 sec/day

右下3) 3時上 振り角 252° ビートエラー0.3ms +009 sec/day

右下4)12時上 振り角 263° ビートエラー0.0ms +001 sec/day

2892A2としては、少し姿勢差があるものの、まずまず理想の性能と思います。

 

完成

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