今日の時計『ジャガールクルト・マスタームーン』

Jaeger LeCoultre|Master Moon (140.8.98.S)

東京都K.H.様ご依頼品

今回のお申し込みなのですが、ご依頼主様いわく

『本当に良いものを長く大切に使っていきたいと思いを持ちつつも、一般の素人ユーザーである私にとって、OHの重要性はわかっていても、実際に時計の中身を見られる機会はいままで皆無であり、OHに出したとしても、このようにキチンと説明いただける機会は過去にありませんでした。ブログ、急ぎませんが、心待ちにしております(笑)』(抜粋)

と、めずらしくまんまと当工房の思惑にガッチリはまった需要からのご依頼でございました。

これにすっかり気を良くした私のやる気満々モードで、どうしてオーバーホールが必要なのかを一般にも分かりやすくご紹介すべく、ボリューム200%増しで少し暴走気味にやってみました。撮影と編集に要した時間は述べ2日間。(修理作業の時間は含めず)これで5,000円じゃちっとも儲からないのですが。ブログでのご紹介は当工房では初となるジャガールクルトということもあり、出血大サービスです。


ジャガールクルト・マスタームーン

ジャガールクルトのマスタームーンのオーバーホールご依頼です。ケースの研磨ご希望もいただきましたが、日付カレンダーやムーン早送りのプッシュボタンの構造などが特殊で分解できないため、外装ケース洗浄のみとさせていただきました。

 

分解前の測定です。全体的に日差マイナス5~7秒程度の遅れがみられますが、平姿勢で280°縦姿勢でも260°前後振っており、内部パーツにも交換が必要なものがみあたらず、オーバーホールのみで受付可能な状態でした。ジャガールクルトは非常にパーツが高額かつ当工房では取り寄せ不可です。今回は運よく当工房にて格安に手入れさせていただくことができる例です。直営サービスセンターならオーバーホール代だけで10万円近くかかると思います。たいへん高級な時計です。

 

さっそく裏蓋を開けていきます。少し残念なことに過去の取り扱い業者のやり方が悪かったとみえ、ネジと周辺のケースにドライバーを滑らせたような傷跡が多数みられます。

 

シースルーバックを外して回転錘を取り外したところ、隠れて見えなかったネジの酷い有様。舐め跡のうえから青色マジックか何かで適当に塗りつぶしたようです。

 

ほかの青焼きネジもことごとくネジ溝が痛んでしまっていますね。裸眼では気づきにくい程度ですが、これはうっかりつけたキズというより、合わないドライバーでゴリゴリやったような跡です。どんなに気をつけて取り扱ってもついてしまうのがキズです。そのため当工房でも作業によってやむを得ずついてしまったキズなどは免責事項として補償の対象外とさせていただいております。自分を棚にあげておいて他の業者のことは言いにくいのですが、しかし最初からキズがつくことを前提にした作業とは違うと思います。これは明らかに気配りが足りないためについたキズで、確信犯的なものです。作業の姿勢次第で防げるキズです。

 

ネジはドライバーをつかって取り外します。当たり前で基本的なことです。しかし、これが職人によってはやり方や道具の状態などが全然異なっております。我々の世界では『道具はその技量を映しだす』といわれ、道具をみればその職人の腕前がわかってしまうというほどに大切なことです。初心をいつしか忘れてしまう人が多い。

 

よくご覧ください。透き通っているのではありません。表面が反射して“映り込んでいる”のです。サイズもネジの頭とホゾの深さにぴったり合っていなければなりません。ドライバーの表面は触れる物に極力おかしなキズなどをつけぬよう、また状態が一目でわかるよう、まるで鏡のように常にピカピカに磨いておかなければなりません。道具の手入れは大切なことです。

簡単なことなんですが、守られません。この写真をみれば、正しいドライバーで回せば先に見えたようなキズはつきようがないとすぐに分かると思います。径や厚みの合わないものでいい加減に回すと、ネジ頭は簡単にキズがつきます。

 

前の写真と同じドライバーの全体です。実はこれ、刃先はもちろん、すべて自作の手作りのドライバーです。スイス製など市販品はヨーロッパとか白人の手の大きさに合わせてあるように感じたため、日本人である私の手の大きさにフィットするように長さや太さを自分で設計して旋盤を使い製作したものです。どんなにネットを調べても、二つと同じモノはでてきませんよ。(笑)

ネジを締めるという作業ひとつにもとことんこだわって、、、まあ根が凝り性なんだろうと思います。

 

ケース本体からムーブメントと文字盤・針を取り外したところ。カレンダーとムーンフェイズ機構が最上段のモジュールです。

 

ここのネジ。またネジの話かよと思わず、聞いてください。上下2つのネジをよく見比べると、カレンダー機構のハンマーを留めているネジ(上)は新品のように溝が健在なのに、受けのネジ(下)だけが例によって痛めつけられています。これはどういうことでしょうか。

 

カレンダー/ムーンフェイズのモジュールはこのように受けネジ4本でベースムーブメントに取り付けられており、モジュールだけを切り離すことが可能です。ネジ頭が痛んでいたのはこの4本だけでした。モジュールについている残りのネジは他のどれも新品のようにピッカピカ。つまり、前回業者はモジュール部分の分解はここまでにして、ベースムーブメントだけを分解掃除した疑いがあるというわけです。このようにやたらモジュールだけが綺麗なままの時計も残念ながらしばしば見かけます。おかしなドライバーと腕前で痛めつけられなかったのが、むしろ幸いだっという本末転倒なお話です。

 

そのような好ましくないサービスが横行する理由ですが、モジュール部分は分解すればご覧のようにクロノグラフ並みに複雑な機構で、お馬鹿な職人だと分解したはいいが、ちゃんと組めなかったり、間違った組み方で壊してしまったり、いろいろと労力のかかる割には十分な見返り(サラリー含め)がないので、ベースムーブメントと比べたら稼働するパーツも少ないし、注油の有無もシビアではない。ベースは油が切れたら途端に止まりの原因になったりしますが、カレンダーやムーンフェイズなんかは下手すれば油つけなくても動いちゃう。実際1回や2回そのまま手抜きで分解掃除をサボってもバレないし、何も問題ない。だったら、、、となってしまう訳です。よくありませんね〜。

 

背景には良心的な手作業がずっと個人の努力という影に隠れて日の目をみず、ひたすらブラックな労働環境で決められた時間に数をこなすことだけを求められてきたという、構造的な問題があると思います。心を病んで自殺してしまう職人もけっこう多い業界です。働くとはなんぞや。いまも私にはわかりません。問い続けつつ。気晴らしに鼻歌でもうたいながらベンジンで洗浄しましょう♪

きっと物事はよくなるはずなのです。努力することは無駄ではありません。私は個人の思いが日の目を見るための商売を自分で考案しました。その答えがアトリエ・ドゥのサービスです。

 

さてモジュールを先に片付けて、お次はベースムーブメントです。バランスの耐震装置を拡大したところ。上は洗浄前で下が注油後。ちょっと写真ではわかりにくいですが、上は全く耐震装置に油が残っていません。下は十分に油が入っています。実物を角度を変えながら石の中を覗き込むと、はっきり違いが識別できます。

 

バランスから耐震装置の石を取り外したところ。このようにバネが跳ね上がる構造になっており、石を設置してバネを取り付けすることで、耐震装置として機能する仕組み。

 

こちらは取り外した耐震装置の石を分解したところ。このように受け石と穴石(枠石)2つがセットになっています。上の写真は分解前で注油が乾ききっているもの。下が注油後のようす。油はただ多ければいいわけではなく、あまり多すぎると枠のほうに流れてしまって、肝心のホゾが通る穴の部分(中央)から外側に油が逃げてしまいます。逆に少なすぎると1、2年ともたず、乾いてしまいます。3〜5年に一度のオーバーホールをすすめる理由はここにあります。油が乾いたままバランスを動作させれば、、、。

バランスのホゾはあっという間にすり減ってしまい、そうなったら元には戻らず性能も出ないということです。簡単に時計はダメになります。5振動の時計でも1秒間に2往復半もバランスが回転運動します。10振動なら5往復です。それが300°も回転した日には木なら煙りでますよ。ワラでもくべたら火がおこるでしょうね。

いかに摩擦抵抗が少なく頑丈な鋼鉄のホゾとルビーの受石の組み合わせであっても、油の力を借りなければ動作を安定して長期の使用に耐えるものとすることはできないのです。

 

こちらは耐震装置を組んだようす。左は油なし。右は注油後。このように光が裏側からも回り込むように単体で撮影すると、画像でも油の有無がわかりやすいと思います。非常に小さいものですから、うまくピント合わせるだけでヒーヒー言っています。右はすこし影が差しちゃってますね。それだけレンズが接近しないと撮れません。どうしても光源を邪魔するほどの近接撮影で、私は撮影の専門家ではないので、これが限界。お見苦しくてスミマセン。10倍キズ見相当。

 

どれだけ小さいのか分かりやすくするために、少し引いたところから撮影。右はピンセットかな?とすぐお分かりになるでしょう。左の木の棒?はなんだ。5倍相当。

 

つまようじでした。これ位がだいたい裸眼でみる感じと同じ倍率。うっかりつかみ損ねて弾き飛ばしたら、床を這いつくばって探しますが、床が汚かったり穴があったりしたら、もう二度と出てきてくれません。紛失で丸損です。こういう世界で細心の注意を払って作業しております。だからウォッチメーカーの仕事部屋の床はいつもきれいでピカピカなのですよ。単なるキレイ好き以上に意味があります。

 

こちらはオイラーという油を差すための道具です。市販品ですが、先端は自分で再加工してあります。指でつまんで使うものなので、サイズに国境はありませんが、こだわる職人はこれも自分専用に手作りで作る人もいます。スイス・ベルジョン製。

それにしても、つまようじと比べても先端の細さ、どうですか?

 

これをチョイと油壺の油につけまして、油を必要な量だけとります。つける角度や深さ、抜くときの速度により、微妙な量の加減をします。ちょっとした職人技です。一見単純な作業ほど奥が深いものです。ホゾなどの油が求められる部分に適切な量の油を一発でとれるようになるまで熟練を要します。

 

上は何もついていないオイラーの先端。下はコレでガンギ車のホゾにちょうどいい位の量でしょうね。こんな吹けば飛びそうな量だけしか油が差さっていない場所もあるのだと知っていただきたいです。到底、この量の注油が何十年も持つはずがありませんよね?3〜5年どころか、1年持つだけでも信じられない位です。

 

そして、オイラーはこのように組んだ後でホゾに油を注入します。ちょっとでも余計な場所にはみ出したり、間違った種類の油を差したりすると、時計の動作に支障がでることがあり、そういったことの無いように厳しい基準のもとで作業を行います。

油を入れた後は、もはや受けを分解することはかないません。分解することでホゾに差した油があちこち余計な所に流れてしまって、汚れたり(逆にゴミなどがホゾに付着したり)理想の状態に再度組み立てできなくなるからです。注油後にもう一度分解しなければ対処できないような問題やミスがあったときはどうなるかと言いますと、『もう一度全部パーツを洗浄し直せ』ということになります。そんな神経質な、そこまでやるか!と思います?でも、親方も時計学校の先生も口を揃えて言いますねえ。私も同意見です。

大きさも量も、作業のクオリティも、普通の人の日常感覚とは極端に違いすぎるほど違う世界なのです。誤解を恐れず申し上げますと、過去に偉大とされた時計師の一部は現に偏執狂を患ったかその気のある人も決して少なくなかったようでして、、。

尋常の感覚でないようなところがあるのは確かです。私は気がつくとこの世界にのめり込んでいて、それで別に苦痛でもなんでもないんですが。わずかな一滴の油がまるで大海のように感じられちゃったりしてね。苦笑

(偏見はやめましょうね)

 

こちらは香箱を分解したところ。モリブデン様の油カスが凝結して汚れの塊になってしまっています。内部は乾ききって、油っ気が全く残っておりません。こんな状態にもかかわらず、分解前に測定したような性能が出ちゃうのですから、ジャガールクルトの時計がどれほど優れたものか伺い知れます。もちろんそれをいいことにメンテナンスをさぼり続けていれば痛みが進行して、いざ性能が落ちたときはもうオーバーホールでは直らなくなります。そこに至って慌ててウチのような修理に駆け込む人が本当に多い。

それにしても、この乾き具合からすると香箱の中はカレンダーモジュール同様、過去のメンテナンスできちんと整備されてこなかった可能性もあります。

 

ゼンマイを洗浄して巻き直し、注油をしました。この部分も職人によってはサボりの対象となりやすく、香箱はフタさえ外さずに使い回す人もいます。耐久性の高い部分なので、1回や2回のメンテナンスでサボりにあっても簡単には壊れないほどゼンマイは丈夫です。しかし、それがずっと続けばやがては内部の油は乾ききり、固着した汚れと共に無理に動かし続ければ、摩擦は増大し、やがて切れてしまいます。今回のものはだいぶもう痛んでいました。ゼンマイの自然故障で切れたものはあいにくですが補償の対象外です。そうそう切れるものではないのですが、扱いが悪ければ痛みますし、不幸にして切れてしまうこともあります。この機械のやつはかなり特殊なサイズですからメーカーでないと持っていないゼンマイです。交換するとべらぼうな値段だと思います。

きちんと毎回のメンテナンスでゼンマイも洗浄と再注油することが大切です。そうすれば、はるかに長い期間に渡って交換することなくお使いになれます。

 

ベースムーブメントの分解が進んでいるようす。

 

洗浄が全て完了したパーツをケースに収めます。パーツは非常に細かく量も多いので無理せず二日に分けて作業しました。急いでやろうとすると、この仕事はろくなことがありません。最高の仕事を時計師にさせたかったら、急かすようなメッセージを伝えるのは完全に厳禁で間違ったコミュニケーション手段と知りましょう。

そんなにお急ぎなら、他所へどうぞ。そう言われてしまうのがオチです。時計修理の職人はお客様を神様とは思っておらず、面倒臭いヤツなら二度と来ないで欲しいと考える傾向にある人が多いです。客筋が悪いと、たいして儲からない安物の仕事をあれこれ注文たっぷりに押し付けた上、出来が少しでも気に食わないとクレームばかりつけてくることをよく知っているからです。

上客は余計なことは何もおっしゃらず、スッと大金をお支払いになり、高級な時計を次々とお任せくださいます。

 

地板の輪列あたりの穴石群のようす。上は洗浄前で、穴石のまわりは油汚れがみられます。一部は乾いてカスだけが残っています。こういうものをそのまま使い続けると、歯車のホゾが痛みます。今回ご依頼主の希望もあり、『どうしてオーバーホールが必要なのか?』を一般にも分かりやすくするため、あれこれ手法をこれまでと変えております。私も毎度同じパターンでもつまらないので、たまには違ったアプローチでやろうと、一緒になって楽しんでおります。仕事は楽しくなきゃね。

『油が乾いたら、ホゾが擦り切れる』の話は毎回のようにしているのですが、どうも一般の方には時計師の方便というか売り文句のように軽く聞こえてしまうようです。タイミングよく格好の具体例になりそうなご依頼が来ております。次あたり、『じゃあ具体的にどこがどうすり減って、動作にどんな影響があるのか、数字で示してやろうじゃないの』と、息巻いております。次回にも乞うご期待!

 

さて、寄り道ついでに。この4つの歯車はぜんぶ『3番車』という歯車です。今回のジャガールクルトのものはどれでしょう?

 

正解ですが、左から順に『Omega 550』『Rolex 3135』『Jaeger-LeCoulte』『ETA 2892A2』でした〜。

 

ロレックスとジャガールクルトは歯車の仕上げが似ていますね。まさか同じ工場で作っているわけではありませんが、ルーツをたどっていくと高級機はどれも似てきます。老舗のマニュファクチュールほど、こういうパーツの細部の仕上げには非常にこだわっていて、それが画像からも伝わると思います。

 

光源を少し変えて違う角度から撮影。肉眼で比較するとさらにハッキリわかるのですが、要するにまとっているオーラというか、高級感がぜんぜん違います。ETAは優れた時計だと思いますが、こうしてロレックスやジャガールクルトなんかと比べて、どうですか?

 

脱線しましたが、主要な他ブランド人気ムーブメントのそれと比較しても、ジャガールクルトのそれはひときわパーツの作りが小さく、かつ細部まで丁寧に作り込んであることがお分かりいただけたと思います。時計師をもうならせる出来栄えです。

 

順調に組み上がっていきます。画面奥から手前に向けて、3番車、4番車、ガンギ車、とならびます。

 

バランスまで組んでベースムーブメントの完成したところ。ネジの痛みが玉にキズですが、裸眼とほぼ同じ倍率ではほとんど分かりません。このように、いつもの感じでやっておけば「大きなキズもなくキレイに組み上がりました」とか何とかごまかしておしまいです。今回さらにミクロの世界に踏み込んで、なぜオーバーホールが必要になるのか、その真相に迫るべく趣向を変えると同時に、時計師はいったいどういうところに気を配っているのかお伝えすべく、ちょっといつもと違った視点からの展開となりました。知らない方が持ち主にとっては幸せだったかも知れないことも含め、あえて。真実をお伝えいたします。

 

ベースムーブメントの特性 半巻き(T24)

左上)文字盤上 振り角 243° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 240° ビートエラー0.0ms +007 sec/day

左下1) 3時下 振り角 222° ビートエラー0.0ms +002 sec/day

左下2)12時下 振り角 223° ビートエラー0.1ms +002 sec/day

右下3) 3時上 振り角 227° ビートエラー0.0ms +001 sec/day

右下4)12時上 振り角 222° ビートエラー0.1ms -003 sec/day

自動巻き時計ですので、基本的には全巻きの特性が主になるのですが、24時間後(T24)を想定した半巻きの特性を取り上げてみました。ゼンマイがほどけていくに従い、トルクエネルギーは下がっていきます。そうするとバランスの振り角も落ちていくわけです。作りのよい時計ほど、全巻きから半巻きに至る性能が近く、振りが落ちても歩度に変化がありません。

撮影時点では縦姿勢の歩度平均に対して、平姿勢は少し進みすぎのようです。その時はこれでもいいかと思っていたのですが、のちほど少し思いなおしまして再調整をして縦と平の差を詰めておきました。ブランドやムーブメント毎に期待できる性能の水準というものがあります。毎日いろいろな時計を扱っているとつい忘れがちで、調整を自分基準の好みに頼りがちになります。時折思い返しまして「この時計ならもっと追い込めるはず」だと気づくことで、限界に挑戦するようつとめたいものです。

ジャガールクルトなどは、時計師の腕前が良ければ良いほど、それに機械のほうが応えてくれる、非常にやりがいのあるムーブメントです。上海で修行していた頃は毎日こういう高級機ばかり扱っていて、自分の時計師としての感覚も鋭敏だったと思います。もう、1秒ちがうと『ダメだ!』と絶叫しているような。(笑)

今はアンティークな国産時計とか、つぶれちゃった古いブランドモノとか、雑多でピンキリな時計たちを順番に扱っていますと、だんたん性能だけが時計の魅力でもなくなって、良い意味で力の抜けた、もっと大きな視点から時計たちを見つめる目がでてきたように思います。例えるなら、F1レースのピットクルーから、町外れのちゃりんこ屋おやじになったような。鬼気迫るような緊張感より、のどかでゆとりある心象風景です。『これでいってみようかぁ〜』

 

さて、無駄話に花が咲きまして。ようやく再びカレンダー/ムーンフェイズのモジュール取り付けにまで戻ってきました。人は人、自分は自分。ウチの工房に来たからには、ちゃあんとモジュールも分解掃除メンテナンスをして、動作のチェックもバッチリOK。

 

文字盤と剣つけ。ジャガールクルトの実に細やかな針の空間処理。巧みな技とデザインセンスの、次元の高い融合を感じさせる。

 

ケーシングをして、最後に回転錘ローターを組み付けして、出来上がり。

 

シースルーバックで、ムーブメントの動きが堪能できます。機械式ファンには堪らない意匠で近年の主流でもあります。しかし、本当に鑑賞に値するようなムーブメントはあまり多くないような気がします。あちらがやるからウチもやるみたいな、流行追いかけ型のものが巷に溢れかえっています。ジャガールクルトのそれは、もちろん数少ない価値あるお品のうちのひとつと思います。たいへん美しく、動きをいつまで眺めていても飽きがこない作りですね。

 

最終特性 全巻き(T0)

左上)文字盤上 振り角 311° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 305° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 286° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

左下2)12時下 振り角 280° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

右下3) 3時上 振り角 285° ビートエラー0.1ms +000 sec/day

右下4)12時上 振り角 283° ビートエラー0.2ms -001 sec/day

ヨシヨシ。300°振って、±3秒に全姿勢が入ってる。高級機はこのくらいできなくちゃな。テストランニングを1週間過ぎたところで、実測では日差+7秒程度で落ち着いてきました。慣らし運転により進む場合と遅れる場合、変化がない場合もあります。さらにこれが半年後や1年後にもまた変化したりします。今回の時計はご購入が2001年とだいぶ年月が過ぎておりますので、あまり歩度をギリギリに合わせることは得策ではありません。新品のときはメーカー側で日差数秒以内に合わせてあったと思いますが、機械式時計の場合はご使用の年月の経過と共にそれが難しくなります。実測で日差が0〜10秒以内であれば状態は良いとお考えください。

 

完成

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