Blancpain: Ultra Slim

Blancpain|Ultra Slim LIMITED cal.21

東京都J.H.様ご依頼品

ブランパンのウルトラスリムのオーバーホールご依頼です。ご依頼主は当工房にて他にも多くの高級時計のご依頼をいただいている方です。こちらはお父様より譲り受けたものとのこと。先代を含めてオーバーホール・メンテナンスの必要性をご存知なかったとのことで、この度のご依頼となったそうです。ただ、お手持ちの時計の本数が多く、まんべんなくお使いだったようで、致命的なトラブルには至っておりません。だいたい動かなくなるまで使い倒してから修理に出す方が多いのですが、そういうものはオーバーホールのみでは直りません。いくつものパーツ交換に莫大な予算がかかることがほとんどです。出所のあやしい中古品など論外です。


ブランパン・ウルトラスリム cal.21

分解前の歩度測定から。縦姿勢と平姿勢でくっきり遅れ進みが分かれます。かなり姿勢差があるものの、まずまず振り角はでており、なんとかパーツの交換なしでいけそうです。このクラスの時計になりますと、おいそれと交換パーツなど手に入りません。だいたいがブランパンなど超高級品専門の職人がいて、ブランドと何らかの関係にあってパーツを卸してもらえる工房に限られます。ロレックスなどもそうですが、だいたい1本100万円以上クラスの最高級品になると、一般の修理店や材料店などにはパーツを売ってくれません。こういうもので修理にパーツ交換の必要があるものは当工房では受付不可でご返却となります。直営ブティックへのご案内となります。(そこですら直せず、スイス送りになることもあるようです)

 

分解したパーツをベンジンで洗浄します。かなりパーツが小さいため、刷毛の中などに吸い込まれてしまわないように注意しなければならないほどです。小ネジなどが刷毛の奥に吸い込まれてしまうと、もうどこにいったか分からず困ることになります。

 

洗浄の済んだパーツをケースに入れたところ。ネジなどはまとめてメッシュバスケットに入れます。今回はメッシュすら通り抜けそうでヒヤヒヤするほど小さなネジも含まれます。実際、質の悪いバスケットにこういう超高級品のネジを入れて、全自動超音波洗浄機など遠心分離機にかけてパーツ紛失!というパターンを何度も目にしてきました。なんでもかんでも洗えばいいってものじゃないんですが、けっこう何も考えていない職人も多い業界です。

 

地板にバランスのみを組んで、ひげ具合をみます。オーバーホールが初めてとの証言に符合するように過去におかしな職人にいじられた痕跡がなく、経年の利用による歪みを少し修正するだけで済みました。万が一のときの替えパーツが手に入らないものは、キツイ修正が必要なときなど脂汗もので作業します。ほんとうに緊張します。一瞬の気の緩みで数百万円の時計がパーになるようなものですから、たいへんな集中力と細心の注意深さが要求される仕事です。

 

香箱のようす。なんと蓋がない構造です。今回のお品は『ウルトラスリム』ですから、わずかでも厚みを抑えるための設計と思われます。しかし、これはよほどにゼンマイやその他材料の質や加工精度が良くないと真似のできないものです。経年とともにゼンマイが歪んで曲がってくるようだと、たちまち暴れてはみ出しますから、とてもこんなスカスカの香箱では用をなさなくなります。こんなところにも技術の粋を集めて作られている時計であることがみてとれます。機械式時計の薄型化は簡単ではありません。電子式のように回路基盤一枚で済むものとは訳が違います。注油もいつものように後付けできません。前もってゼンマイ全体に均一に塗布する必要があります。(そのための道具があります)

 

ムーブメントの組み立てへと移ります。香箱はこのようにひっくり返して地板に伏せるように組み入れて、地板の底面が万が一ゼンマイが香箱から飛び出そうとした場合の蓋の役割を果たす構造です。しかし見た所そのような挙動が起こった形跡は見られず、まったく恐れ入った技術力としかいいようがありません。当然ですが、いつもここで悪行を暴かれているような油ドボドボしか芸のない職人には、目が点でしょう。

 

輪列の歯車をのせていきます。細部まで念入りに仕上げられており、小ささを感じさせない堂々とした風格がみなぎります。軸は極限まで短くしてあるため、少しの調整のミスでも止まりにつながります。無論ブランパンはわずかな狂いも見逃さずに組み立て調整されており、私はその仕事ぶりを感心しながら再組み立てを行うだけです。石をあちこち押したり引っ張ったり、いつものような野暮仕事の必要がありません。

 

これらは巻き上げ機構を構成するパーツ群。丁寧に面取りされたうえ、ピカピカに磨き上げられています。こういうものを見てしまうと、普通の時計のパーツがいかに雑に作られているか分かってしまいます。

 

巻き上げ機構を組んだようす。この上には文字盤がついて隠れてしまうにも関わらず、決して手を抜きません。ものづくりの姿勢が製品を通してはっきりと感じられます。

 

ガンギ車とアンクルの比較。上はETAの2824。二回り以下くらい小さいサイズにもかかわらず、細部までより丁寧に作り込まれている様子が明らか。よくみると爪石まで面取りされているのがお分かりになりますでしょうか?

これが最高級なハイエンド時計の世界なのです。

 

脱進器を組み立てたところ。この後爪石に注油を行います。

 

反対側から見たようす。さすがによく考え抜かれており、小さくても調整の目が届きやすく、注油もなんとか指先一点に集中すれば行えるようになっています。写真だと大きく拡大されていますから、おおげさに聞こえるかも知れません。実物をみると小さすぎて手がすくみそうです。

 

どうやら無事にムーブメントの組み立てが完成しました。やっと一息つけます。

 

百円玉との比較。

 

歩度測定 T24(半巻き)

左上)文字盤上 振り角 227° ビートエラー0.0ms +028 sec/day

右上)文字盤下 振り角 235° ビートエラー0.0ms +025 sec/day

左下1) 3時下 振り角 224° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

左下2)12時下 振り角 219° ビートエラー0.3ms +011 sec/day

右下3) 3時上 振り角 210° ビートエラー0.0ms +016 sec/day

右下4)12時上 振り角 211° ビートエラー0.2ms +004 sec/day

少し平姿勢が進みすぎるような気もしますが、なにしろこのサイズですから、あんまり無理してどこかポッキリ逝ったでは済まされませんので、まずは日差30秒以内という無難な点でひとまず良しとします。実際、このクラスの時計ではあまり正確さは要求されず、『機械式で可能な極限の薄さ』など別の面で希少性と技術がアピールされます。多少は性能が犠牲になりますので、いつもの調子で性能を追いかけすぎるとうっかり落とし穴(ポッキリ)にはまって泣きます。

それにだいたい、これくらいの時計をお使いになる方は、そんな1分1秒に目くじら立てるような余裕のない人はおりませんから。笑

 

文字盤と剣つけ。インデックスや針には油膜性の汚れが見られましたが、軽いクリーニングで除去できたため、今回はお手入れさせていただきました。並グレードのものは触っただけで劣化した塗料や夜光が剥がれたりするので、通常は針や文字盤などは原則そのままで何もしません。こういう理由もあるのです。買うなら思いきり高級品にすることです。中途半端な品は何につけ費用がかさんで、かえって銭を失います。オークションで手に入れた安い中古時計なぞ、修理にいったいいくらかかるか分かりませんよ。とくにアトリエ・ドゥでは妥協せず容赦なく見積もりいたしますので。ご依頼主の懐事情など知る由もなし。その時計の動作のために必要かどうかで全て判断いたします。

 

ケーシングまで来ました。素晴らしい時計をお任せいただきまして、時計師冥利に尽きます。

 

最終特性 T0(全巻き)

左上)文字盤上 振り角 253° ビートエラー0.1ms +022 sec/day

右上)文字盤下 振り角 253° ビートエラー0.0ms +022 sec/day

左下1) 3時下 振り角 229° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

左下2)12時下 振り角 233° ビートエラー0.2ms +009 sec/day

右下3) 3時上 振り角 225° ビートエラー0.0ms +014 sec/day

右下4)12時上 振り角 235° ビートエラー0.2ms +012 sec/day

 

 

【BLANCPAIN Ultra Slim LIMITED cal.21】
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□オーバーホール料金 手巻き     ¥ 15,000
□その他
 ・外装研磨サービス 洗浄のみ ¥ 無料
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合計金額            ¥ 15,000

 

 

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