今日の時計『シチズン・ホーマーデイト』2例

Citizen|ホーマー・デイト
Citizen|ホーマー・デイト

東京都のY.S.様ご依頼品

60年代頃の時計は必ずしも精度が良い訳ではありません。同じ機械式時計でも、現行品はどれも皆クロノメーター並みかそれ以上の性能を誇るものさえあります。それにもかかわらず、こうして修理のご依頼をいただくのは古いアンティーク・ウォッチもまだまだ多いです。根強い人気を感じさせます。そして今回はなんと、全く同じシチズンのcal.1802を搭載した“ホーマーデイト”2本を同時にオーバーホールのご依頼をいただきました。熱心な時計ファンの期待に応えるべく、作業内容を2ページ(#1/#2)に分けてご紹介します。


オーバーホール事例;Citizen “Homer Date” (東京都Y.S.様ご依頼品)

Homer

今回のお品はシチズンのホーマー・デイト(その1)です。同じシチズンのcal.1802を搭載した時計を2本ご依頼いただきました。ご依頼内容はオーバーホール&ライト・ポリッシングです。

 

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1本目はリュウズが小さく巻きにくいため、交換をご希望でした。オリジナルのパーツは市場にほとんど残っておらず、入手が困難です。今回はとりあえず汎用品に交換して、実用性を優先させるとのことで、ジェネリック品のリュウズに交換しました。ツバの長さが少し伸びたことにより、巻きやすさが改善します。

 

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ケースからムーブメントを取り出して、分解前の測定です。

左上)文字盤上 振り角 220° ビートエラー0.0ms -005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 224° ビートエラー0.0ms -005 sec/day

左下)12時下  振り角 190° ビートエラー0.0ms -008 sec/day

右下) 3時下  振り角 194° ビートエラー0.1ms -007 sec/day

全体的に遅れているものの、大きな姿勢差もなく波形も綺麗な状態です。

 

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分解していくと、まだ注油が輪列の穴石などに残っている状態でした。この程度のうちに定期メンテナンスにお出しいただければ、機械も長持ちします。使っても使わなくても約5年を経過したものは部分的に油が切れはじめます。油が切れた状態で使い続けますと、摩耗が激しくなり、部品を痛めます。定期的にオーバーホールを怠らなければ30年でも50年でも使える時計が、何もせず10年以上使い続けたためにパーになり、高額の交換費用がかかる例はざらです。交換を免れたとしても、状態が悪い部品では性能が落ちます。

 

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分解と洗浄が完了したパーツを並べたところです。写真を撮るのを忘れそうになり、テンプを組んだ状態で気づいたため、対震装置がすでに取り付けられています。(そもそも写真を撮る行為は修理にとって本来不必要な手間ですから、どうも慣れません、、苦笑)

 

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香箱を開けたところ。左が洗浄前で右が5点差し注油後です。香箱内にも程よく油が残っており、前回この時計を担当した技術者はしっかりした仕事をする人だと分かります。

 

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テンプの緩急針のアオリ幅が大きすぎると思いませんか?いえ、これは合っています。実はこのテンプのひげぜんまいには、アオリ用の外端カーブが設けられておらず、天真からヒゲ持ちまでアルキメデス曲線がそのまま続いています。そして、緩急針のところは常にヒゲ棒に接するよう「内あて」と呼ばれる少し特殊な調整方法でひげぜんまいを取り付けしています。ひげぜんまいの調整には高度が技術が要求されますが、このタイプのものは簡便な調整で比較的簡単に済みます。おそらくそれを狙って開発されたと思いますが、性能的には「両あて」のスタンダードなタイプと比べると、クロノメーターなどの高精度用には向きません。

 

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続いてムーブメント本体を組み立てます。輪列センターの2番車から始まり、巻き上げ機構、再び輪列と組んでいきます。香箱受けまで取り付けしたところでザラ回しを行い、各歯車の回転に問題がないことをチェックします。古いタイプのムーブメントですが、歯車の鋼鉄などは硬く焼き締めされており、ピカピカに磨かれています。60年代頃の時計は日本製もスイス製も質実剛健な作りの部品が多く見られます。歯車のホゾは製造後50年経った今なお、いささかも擦り減っていません。まだまだこの先も使えそうです。

 

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テンプまで組み上がりました。パーツの状態は50年の歳月を経たことを感じさせず、ご覧のようにたいへん美しいムーブメントです。

 

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ベースムーブメントのみで仮の測定です。(全巻き)

左上)文字盤上 振り角 231° ビートエラー0.2ms +002 sec/day

右上)文字盤下 振り角 240° ビートエラー0.2ms +008 sec/day

左下)12時下  振り角 201° ビートエラー0.2ms +004 sec/day

右下) 3時下   振り角 211° ビートエラー0.1ms +002 sec/day

分解前とあまり変わらないのは、前回の調整が良くなされていて、油が乾ききる前に早めの定期メンテナンスを受けたためです。変わらなかったからといってガッカリする必要はありません。むしろそれは理想的にメンテナンスの更新が行なわれたことを意味します。振り角があまり高くならないのも、「内あて」タイプのテンプには良く見られる結果です。

 

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引き続き、ベースムーブメントの測定です。(半巻き)

左上)文字盤上 振り角 214° ビートエラー0.2ms +008 sec/day

右上)文字盤下 振り角 217° ビートエラー0.3ms +009 sec/day

左下)12時下  振り角 191° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

右下) 3時下   振り角 196° ビートエラー0.1ms +009 sec/day

ゼンマイを全巻きした状態から24時間経過した状態になったことを仮定し、わざとゼンマイを半分だけ(または24時間分を残して)巻き上げることを「半巻き」といいます。この全巻きと半巻きの両方の測定結果を比べることで、歩度に大きな変化がなければ、それは24時間に渡って安定した動作を保っているということになります。振り角の高低よりもはるかに重要なことです。例えば、全巻きでは振り角が300°でも、半巻きで240°になって、歩度も10秒以上違うようなら、それは「良い時計」とは言えません。そういう特性のテンプは、むしろこのように振り角を低く抑えて、歩度の変化が小さくなるように調整すれば良いのです。手巻き時計では「半巻き」の特性が大切です。(自動巻きなら常にゼンマイが全巻きに近いため、半巻きの重要度は相対的に下がります)

 

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ベースムーブメントの測定結果が問題なく完了して、カレンダー回りの組み立てに移ります。カレンダーディスクを規制するレバーとバネが、やや取り付けにくい設計になっていて、ちょっとしたコツが必要です。また、カレンダー送り車のハンマーが、プラスチック製になっていますが、同じcal.1802 でもハンマー部分がメタル製のバージョンもあり(その2の時計を参照)、おそらくこちらのプラスチック製タイプの方がより新しいものと思われます。

 

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文字盤と剣付けまで完了した様子です。針は秒針/分針/時針の間隔が同じ幅で揃うように取り付けします。カレンダーの日付切り替えが少し荒いため、0時ちょうどではなく、少し遅れ気味の0時5分から10分頃に完全に切り替わるように合わせます。(さもないと23時59分以前に完全に切り替わった場合、間違った日付を表示していることになります。逆に、0時ちょうどを過ぎてまだ切り替わってなくても、日付が切り替わろうとしていれば、窓を見て判断できますから、実用上は困らないという訳です)

 

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ケーシングまで完了して、最終特性を測定します。

左上)文字盤上 振り角 213° ビートエラー0.2ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 215° ビートエラー0.2ms +007 sec/day

左下)12時下  振り角 191° ビートエラー0.1ms +005 sec/day

右下) 3時下   振り角 199° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

針を付けると、エネルギーが針を動かすための分奪われますから、振り角がその分に応じて下がります。また、ケーシングすることにより微妙に動作に影響して特性が変化することもあります。おおむねベースムーブメントの特性を反映していれば問題ありません。これで(その1)は完成です。

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オーバーホール事例;Citizen “Homer Date” (東京都Y.S.様ご依頼品)

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こちらはシチズン・ホーマーデイト(その2)のオーバーホール事例です。その1と雰囲気がよく似ていますが、こちらのほうがケースが一回り大きく、カレンダー窓にレンズが付いております。それにしても、文字盤の中に異様と言ってよいほどの毛ゴミが目立ちます。こういう仕事をされた時計は中身も推して知るべしです。

 

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分解前の歩度測定です。案の定、とんでもない特性になっています。悪徳業者が歩度だけ合わせて転売したような不自然さです。ビートエラーが3msもあります。ご覧のように波形が二本線になってしまっています。ビートエラーの推奨値は0.3ms以下ですから、10倍以上も基準値を超えてしまっております。経験上、6msを超えると正しく動作せず頻繁に止まるようになります。ともかく、まずはこれを直さなければなりません。

 

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ムーブメントを分解していきますが、中のパーツもこの有様です。いったいどういう場所で裏蓋を開けたのか、考えられないほどもはや芸術的ですらあります。

 

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キレイサッパリと洗浄が完了しまして、これから魂を入れ替えたいと思います。

 

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その1と比べて、香箱内もすっかり油が乾ききっておりました。(写真左)洗浄したものの、あまりに長期間乾いたまま使用したためか、汚れが焼き付くようにこびりついて完全に取りきれませんでした。一度に全部取りきろうとするとかえってゼンマイを痛めますから、少し不本意ながら注油しました。(写真右)新しい油がなじめば、古い汚れも徐々に分解され、次のオーバーホールを怠らなければ、キレイに落とせます。

 

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さて、ビートエラーの訂正にとりかかりましょう。まずはテンプのバランスとひげぜんまいを調整します。ひげぜんまいは天真から出ているすぐの部分をピンセットなどを使って、内端カーブを整えます。当初は少しずれていましたが、幸い変ないじられ方がされておらず、数分程度であっさり修正に成功しました。

 

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テンプを地板に取り付けて、アオリ具合の調整です。その1でも触れたように、この機械は「内あて」でOKですから、これで問題ありません。むしろ問題は「振り石」と呼ばれる部分です。写真ではひげぜんまいよりも下で見にくいですが、天真のすぐそばに赤くて四角い石が1つぶら下がっているのが分かりますでしょうか?これが「振り石」です。この振り石をアンクルが左右へと押すことで、テンプを行ったり来たり往復させて、回転運動のエネルギーに変えています。振り石がブランコに乗ったお子さんなら、背中を押したり引いたりする親がまさにアンクルです。

 

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その振り石は、テンプが自然に静止している状態のとき、アンクル中心と呼ばれるライン(写真の白い点線)の真上にあるのが正常です。アンクル中心は、ガンギ車の軸とアンクルの軸を結び、さらにテンプの中心軸をまっすぐに貫く必要があります。このラインから振り石がズレることが、すなわちビートエラー(片振り)の要因となります。緩急針を動かしても(写真左から右)、振り石の位置が変わらないように、ひげぜんまいのカーブを調整しなければなりません。写真ではわずかに振り石が動いていますが、この程度はなんとか許容ラインです。ちなみに当初はライン上から振り石がはみ出すほど論外な状態でしたので、雲泥の差です。

 

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テンプの調整が完了し、本体を組み上げていきます。センターの2番車と筒カナから始まり、巻き上げ機構、再び表輪列と進みます。香箱受けまで取り付けたところでザラ回しを行い、各歯車が上下に振れず滑らかに回転することを確認します。問題がなければ、忘れないうちに歯車のホゾへ注油を施します。

 

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ベースムーブメントが完成しました。その1と比べると、若干ムーブメントのあちこちに小傷が目立ちます。いい加減な仕事をする修理屋は思っている以上に多く、傷だらけになってしまったムーブメントもしばしば見かけます。この程度はまだマシなほうと言えます。

 

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ベースムーブメントのみで仮の歩度測定です。

左上)文字盤上 振り角 215° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 227° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

左下)12時下  振り角 201° ビートエラー0.1ms +007 sec/day

右下) 3時下   振り角 201° ビートエラー0.1ms +010 sec/day

かなりシビアに振り石の調整をした甲斐ありまして、ビートエラーは文字盤上下共に0.0msをマークしました。歩度の裏平差に至ってはΔゼロ秒ですから、テンプ含めた調速機構および脱進器の調整には問題がないことがわかります。振り角が低めであるのは、その1でもご説明した通りです。同じキャリバーだけに、キチンと調整するほどに同じ特性となります。

 

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ベースムーブメントの調整が無事に終わって、カレンダーを組み上げます。受けを付けてしまったため見えませんが、カレンダー送り車のハンマーがプラスチックではなく、メタル製でした。こちらの機械のほうが製造年が古いものと思われます。

 

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剣付けの様子です。いつも0時ちょうどの写真では芸がないので、趣向を変えて6時半にしました。いちいち写真に撮らないだけで、実際には3本の針が重なる全ての時刻に合わせて、針と針の幅が均等に保たれていることを確認しています。地味な作業ですが、ちゃんと見なかった時に限って、なぜか針と針がぶつかって時計が止まり、再修理と相成ります。恥ずかしいったらないです。二度とご免です。だからキチンと毎回見ております。

 

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ケーシング後の最終特性を測定します。

左上)文字盤上 振り角 227° ビートエラー0.1ms +007 sec/day

右上)文字盤下 振り角 223° ビートエラー0.1ms +011 sec/day

左下1)12時下 振り角 206° ビートエラー0.3ms +007 sec/day

左下2)3時下 振り角 194° ビートエラー0.2ms +009 sec/day

右下3)3時上 振り角 204° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

右下4)12時上 振り角 196° ビートエラー0.0ms +011 sec/day

ベースムーブメント単体とケーシング後では、わずかにビートエラーの値が異なることが分かります。振り石が理想的な位置に調整されていても、他に様々な要因によって、わずかな片振りが生じるからです。それは調整技術による限界を超えた話です。これ以上の結果を求めるなら、時計師に言わず設計者なりメーカーなりに言って欲しいです。(いくら説明しても「どこそこの時計は全部0.0msだった」とか言ってくる頑迷な方がまれにいらっしゃいます。。苦笑)

 

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完成

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