今日の時計『シーマ・レディース』手巻き時計

CYMA|women's wrist watch
CYMA|women’s wrist watch

東京都のA.N.様ご依頼品

60年代前後頃と思われる非防水の手巻き時計のオーバーホール依頼をいただきました。数時間で30分も遅れるとのことで、内心「これは厄介な案件が来たゾ」と完全にビビッておりましたが、さてさてどうなったのでしょう?


オーバーホール事例;CYMA 《シーマ》レディース時計 (東京都A.N.様ご依頼品)

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今回のお品は、シーマの手巻き時計です。ETA Cal.2412を搭載した毎時21,600振動のムーブメントになります。なお、ご依頼のサービス内容は、オーバーホール&ライト・ポリッシングです。数時間の動作で30分も遅れるとのことで、テンプの天真でも曲がっているのではないかと、戦々恐々として裏蓋を開けてみました。高額なパーツ交換がなければ良いことを祈りつつ、、、。

 

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まずリュウズの巻き真にサビが出ておりました。この時計はまだ非防水の腕時計が当たり前だった頃の構造のため、どうしてもこの部分はサビが出てしまいます。ブラシで落としたあと、錆びとり液を使って溶かします。幸いサビの進行は浅く、この程度であればパーツは交換せずに再利用ができます。

 

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さらにムーブメントを分解していくと、毛ゴミが4番車に絡まっておりました。こんなに長い毛ゴミが隙間から入るとは考えられませんので、前回に修理した業者が見落としたか、埃っぽい環境で裏蓋の開閉を行ったりして混入したものと思われます。こうしたほんのわずかな毛ゴミ等によって、時計は簡単に止まってしまうのです。大幅に遅れる原因は、おそらくこの毛ゴミの絡まりで時計が動いたり止まったりを繰り返しながら時を刻んだためでしょう。

 

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全てのパーツを分解して、ベンジンカップの中で洗浄します。今回に限らず、ネジの1本1本に至るまで徹底的に洗います。気づきにくいような所にまた毛ゴミのようなものが残っていたら、同じ事が起こるからです。「〜だろう」ではダメです。「〜かも知れない」と用心してちょうど良い位です。(どこかで聞いたフレーズですね)

 

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部品がピカピカになりました。毛ゴミのせいで正常に動かず、長い間使わずに放っておかれたのでしょう。年式の割には摩耗が進んでおらず、交換が必要になる部分は結局どこにも見当たりませんでした。かなりラッキーなパターンです。

 

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洗浄前(左)洗浄後(右)輪列受けもホゾが入る穴のまわりに汚れが残っていないか入念にチェックし、少しでも石が汚れていたら綺麗に掃除します。

 

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洗浄が終わったパーツは組み立てし易いように並べて、いつでも伏せ瓶でガードできるようにしています。今回ほどその理由がご理解いただける例はないと思います。決して私が病的なほど神経質なわけではなくて、最低限この位やらなければ簡単にまた同じトラブルが起こるほど、腕時計は精密な機械なのです。毛ゴミ等が原因の止まりは実際のところ多いです。

 

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香箱も毎度お決まりながら、頑固に五点差しで注油を行ないます。余談ながら、こうした一見ルーティンワークのような作業でも、その日の調子を占うバロメーターだったりします。例えば、注油はオイラーを使って任意の場所に油をつけていきますが、フリーハンドで5点が正しく5角形の間隔になるかどうか、出来加減で自分のその日の調子が分かったりします。

 

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対震装置にも注油して、受け石と穴石を合体させます。(下が完成したもの)そして、テンプの上下に対震装置を組み込んで、テンプの調整を行ないます。

 

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テンプを真横から見たところです。ヒゲぜんまいが緩急針の間を通っている部分(左の写真ほぼ中央)が見えますでしょうか?この僅かな隙間のことをアオリと呼びますが、この幅は0.03〜0.05mm程度(普通紙の厚みは約0.07~0.09mmです)で、緩急針をヒゲぜんまいのカーブに沿って動かしていっても、隙間の左右にヒゲが当たらず、常に隙間の中央を通るようなヒゲぜんまいの曲線カーブを整えなければいけません。(実際はその理想曲線でないものがほとんどで、きちんと修正できる高度な技を持つ技術者は非常に限られます)右はムーブメント全体の大きさですが、私の親指の爪といい勝負です。女性用の時計は極小サイズのため、ウォッチメーカーの腕前が最も試されると言って良いと思います。

 

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テンプの調整が済んだら、いったんテンプは外して本体を組み立てていきます。今回はテンプのヒゲぜんまいの調整が難しく、かなり時間を取られましたが、本体の組み上げはどんなに丁寧に行なっても数十分で、テンプでかかった時間の半分以下です。次から次へと仕事の依頼が来て忙しい修理会社では、1日に1人の時計師が3個〜5個も時計の修理を担当したりしますが、そうなると一つの作業にかけられる時間も限られてくるので、テンプの調整にはある程度目をつぶって妥協せざる得ない訳です。私もかつてそうでした。しかし今ではマイペースに納得いくまで時間をかけて理想の曲線を追求できるため、ひと味違う仕事ができますし、充実したやり甲斐を感じております。

 

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さて、テンプのひげぜんまい調整の結果はどうでしょうか。タイムグラファーを用いて測定してみます。

左上)文字盤上 振り角 302° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 293° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

左下)3時下 振り角 240° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

右下)12時下 振り角 242° ビートエラー0.1ms +004 sec/day

 

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続いてケーシング後も測定します。

左上)文字盤上 振り角 300° ビートエラー0.1ms +002 sec/day

右上)文字盤下 振り角 281° ビートエラー0.1ms +011 sec/day

左下)3時下 振り角 238° ビートエラー0.1ms +010 sec/day

右下)12時下 振り角 243° ビートエラー0.2ms +005 sec/day

これはもう、男性用の大きく調整しやすいムーブメントと比べても遜色ない結果です。加えて、年式からは考えられないような好結果に目を疑ったくらいです。パーツの摩耗がほとんどなく、状態が良かった事を差し引いても、狙って出せる性能の限度を超えています。とっても幸運な事例となりました。(決して自分の腕前の自慢ではないです。同じように手の限りを尽くしても、全く結果がダメな時計はいくらでもあります)

 

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外装ポリッシュのBefore & After です。ケースやブレスは金メッキのため、ライトポリッシュで軽いつや出しのみとなります。(フルポリッシュでは金がはがれてしまいます)ケースの内側に緑青が出ていましたが、これも綺麗に落としてピカピカにします。見えない部分も手抜かりはありません。

 

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ブレスレットの黒ずみ・黄ばみや、細かい線キズ程度は、ライトポリッシュでご覧のようにスッキリと汚れが落ちて綺麗になりました。

 

CYMA

完成

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