Jaeger-lecoultre: Bumper Automatic Power Reserve (cal.481)

神奈川県S.F.様ご依頼品

ジャガールクルトのバンパー式ローターパワーリザーブ付き時計の修理ご依頼です。製造が1950年代と古く、まだ防水機構も耐震装置も黎明期の頃のものです。だいたい1960年頃を境目にそれより後の時代のものは比較的パーツなど交換用部品が手に入りますが、50年代から昔のものになると極端に流通量が少なく、交換パーツなどはまず単体では入手できません。そのため、今回は『すべておまかせコース』での対応とさせていただきました。おまかせコースは過去何度か実施例はあるものの、ブログ掲載は初めてになると思います。ぜひご参考ください。

(写真右がご依頼の時計で左はパーツ取り用の予備です)


ジャガールクルト・オートマチックcal.481

今回ご依頼の時計ですが、付属の時計ベルトに穴が空いていないタイプのものがつけられておりました。ベルトの穴あけ加工などは当工房では承っておらず、交換用の時計ベルトの販売なども行っておりません。そのため、ベルトはこのままとなります。

 

今回修理対象の時計です。文字盤は針根元10時付近に一箇所少し目立つ傷があるほかは、まずまずの状態。時針・分針はついているものの、秒針は取り外されたまま。過去にキチンとした時計師が関わって整備していれば代わりに汎用の秒針くらいはつけるでしょう。こういうものは出所はろくなものではありません。

 

こちらはパーツ取り用にオークションから修理のためだけに別途調達したものです。文字盤などは年代相応の焼け・汚れが目立ちますが、アンティークらしい古色とも言えます。秒針は新しく汎用針をつけると雰囲気が合わなくなることもあり、結局オリジナルと同じものにしておけば寸法など諸々のことに間違いはないので、この個体から取り外して付け替えることにしました。

今回のお品の上代は ¥150,000 也。人気ブランドのビンテージ品としては安いほうです。なお、パーツを抜き取って残ったムーブメントなどは当工房にご寄付いただき、今後の修理に活かすこととさせていただいております。

パーツ交換のためだけにまるまる中古時計もう一本が必要になる修理が『すべておまかせコース』の特徴ですが、他に方法がなくどうしても修理したい方向けのコースとなっております。この点について十分にご理解いただきました上でお申し込みください。

 

分解前の測定です。ずいぶん姿勢によりバラバラな上、まともな波形になっておりませんので、全く実用性はない状態です。申し訳程度に文字盤上の姿勢だけを一見まともに見えるように調整してありますが、それは緩急針さえいじれば時計師でない半可通の素人にでもできてしまいます。そして客のほうも、実際に使うわけではなく(コレクターなどに多い)ただ文字盤上の状態でそのままケースに保管したりするような人が多く、まんまと騙されてしまいます。「文字盤上で日差これこれです」と修理を申し込まれる方は多いのですが、「では他の姿勢でどうですか?」と聞くと、たいてい答えられない人がほとんどです。6姿勢全部でみてみなければ、時計の本当の性能や状態などは分かりません。

 

パーツ取り用のほうも念のため見ておきます。こちらも全然ダメ。これでオークションなどでは『実働品』だとか『完動品』『Keeping good time !』などと称して売られていたりしますから、呆れかえってしまいます。パーツ取り用として見どころがあったため押さえましたが、改めてアンティーク時計などというものは、よほどに信頼できる店からでないと買うものではないと痛感。しかしながら、そういう理想の状態のビンテージ品は上代で30万円以上からは確実で、値は天井知らず。依頼品より明らかに状態のよい整備済み品。極端に例えると、新品バラしてジャンク品を修理するような様相を呈します。それでも依頼される方にとって意味のあることならお引き受けしますが、オススメはしません。だいたいこの辺が落とし所というあたりの品を見極めなければならず、リスクの大きいものです。

 

特殊な修理事例につき、前置きがずいぶん長くなりました。そろそろ裏蓋をあけてまいります。パッと見、「なんだたいして両方とも変わらないじゃないか?中もきれいそうだし」と思ったとしたら、あなたは売り手にもう半分だまされたと思ってよいです。だいたいオークションの写真もこの倍率ですね。間違いなくあれは意図的だと思います。どういうことか。次へ。

 

まずバランス付近を拡大してみます。緩急針のところを中心にして見比べると、修理対象品のほうはずいぶん赤錆がでています。固着している恐れもあり、動かそうとすると折れたりすることもあります。

 

ローターの取り付けネジもよく見るとサビています。ネジのサビは特にたちが悪く、サビ取り液などを使ってもビクともせず、無理に回そうとすると途中で折れ込んでパーツの中に軸が残ってしまい、難儀することになります。赤錆は空気中を伝染します。密閉されたケース内部であちらこちらにサビが生じていると、全部をきれいに落とすことが非常に難しく、手間や時間が単なるオーバーホール作業をするだけに比べて何倍もかかります。どこかに少しでもサビが残っていると再発する危険性もあり、時計のような精密機器にとってはとても厄介で致命的なものなのです。

 

リュウズを外したところ。案の定ここもサビだらけです。ケース本体のパイプ部分にご注目ください。

 

これはゴミ箱からひろってきたのでしょうかね?ありえない状態です。割れて一部は欠けており、すっかり変形してパイプの役目を全く果たしておりません。ここから湿気や水がダダ漏れならぬ、入り放題。まずリュウズ巻き真がさび、リュウズを操作することにより内部パーツへ次々とサビが移っていき、全体へと蔓延するのです。ろくに整備されぬまま無理に長年にわたって使い潰しただろうことは明白であり、末期的状態です。ジャンク品といって差し支えないでしょう。こういうものはとても通常の修理で受付できません。今回のような『すべておまかせコース』の対象となります。だいたい秒針がないとか、リュウズが取れてしまっているなど、普通じゃないような品は要注意です。

 

風防は固着していましたが、なんとか無事に取り外せました。ここも内部はサビだらけです。

 

ケースに生じているサビもよく落として洗浄を行い、新しくステンレス製のパイプに交換します。汎用品ですが、ちょうど良いサイズのものが見つかりました。風防は大きな傷もなく、やや特殊な形状だったこともあり、そのまま継続使用することに。風防はプラスチック製で、手でパチンとはめ込むだけの古いタイプのため、若干ゆるくカタカタ動くものの、溝が垂直ではなく内部に入り組んでいる構造で、通常使用では外れません。今の水準からは考えられませんが、昔は高級ブランドでもこんな作りかと思うような出来です。ケースの加工・仕上げや使われている金属なども子供のオモチャかと思うほど未熟さがみてとれます。

 

ムーブメントは複数台組み上げの方法と同じく、同時に分解・洗浄をしていき、状態の良い部分を再アセンブリします。今回は『すべておまかせコース』であるため、1年間の動作保証をおつけします。万が一、この間に時計が動作しなくなってしまった場合に備え、予備用のムーブメントを当工房に保管しておく必要があり、そのためにもパーツ取り用のほうは自由に処分はできません。保証期間経過後は、今後の同タイプの機械の修理ご依頼用として備え、有効に活用させていただきます。

 

ムーブメントを組み上げていきます。まずは輪列から。

 

受けやバランスまで組んで、ベースムーブメントの完成したところ。

 

ベースムーブメントの歩度測定。若干の姿勢差はあるものの、分解前とは全く別物のような特性に生まれ変わりました。だいぶ進み気味に調整しているのは理由があります。完成後の特性のところで詳しく触れます。

 

文字盤と剣つけ。さすがにオリジナル同型機から取った秒針だけあってピッタリです。

 

ケーシングまで来ました。バンパー式は古い自動巻機構のため、動作はしていますが、巻き上げ効率はそれほど良くはありません。パワーリザーブ機構も正常に動作しますが、複数台組み上げしたからといって、なにぶん古いパーツ同士の寄せ集めであることに変わりませんので、きっちり40時間動作するとは限りません。アンティークのものですので、最低ラインとして手でゼンマイを目一杯巻いた状態から24時間以上動いていれば合格とさせていただきます。とりわけ今回のようにジャンク同然だったようなものが、いくら腕の良い職人が直しても新品のようには戻りません。

 

最終特性

左上)文字盤上 振り角 242° ビートエラー0.2ms +007 sec/day

右上)文字盤下 振り角 230° ビートエラー0.0ms +012 sec/day

左下1) 3時下 振り角 186° ビートエラー0.2ms +025 sec/day

左下2)12時下 振り角 193° ビートエラー0.1ms +009 sec/day

右下3) 3時上 振り角 201° ビートエラー0.6ms +005 sec/day

右下4)12時上 振り角 190° ビートエラー0.6ms +003 sec/day

 

振り角も全体的に上がり、特性を見る限りでは十分実用できそうな値がでております。しかし、驚くべきことにベースムーブメントの測定時のときから緩急針をまったく動かしておらず、自動巻機構を追加したところこのような性能に変化しました。

自動巻ブロックは常にゼンマイを巻き上げようとする力がムーブメント(香箱)に付加されるため、振り角などが上がりやすいという特徴があります。今回の場合もその現象がバランスの振り角上昇となって見受けられますが、それに伴う歩度の変化がかなり大きく、あまり類例がない結果であるため当初は困惑しましたが、どうやらこれがこのムーブメントのクセないし特徴のようです。等時性があまり優秀ではありません。このため、実際に腕に着用して使用した場合と、コレクターケースの中で平置きで放置した場合とで、歩度に大きな差が生じる可能性が考えられます。

バンパー式の特徴かどうかまでは分かりませんが、古い時計を多く扱っている当工房でさえあまり修理事例もなく、いまいち勘所がつかみきれません。そのため、歩度はオートワインダーでのランニングテストによる実測データを考慮しつつ余裕を持たせた調整とします。

60年代以降の機械式全盛のものは良品で日差30秒以内に入れることがほとんどですが、50年代以前の懐中時計時代のお品を修理した場合の目安と同じく、日差は1分程度なら良い方だと思われます。これも古い時計を修理ご依頼される場合の考慮に入れていただきたい点です。

 

【Jaeger-Le-Coultre cal.481】
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□オーバーホール料金  自動巻 ¥ 20,000
□追加パーツ費用
 ・ムーブメント取得費用 ¥ 150,000
 ・パイプ(汎用)     ¥ 2,000
□その他
 ・研磨サービス 洗浄のみ  ¥ 無料
 ・サビ取りパーツ補修  ¥ 10,000
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合計金額        ¥ 182,000

 

 

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