今日の時計『オメガ・スピードマスター・プロフェッショナル』

OMEGA|Speedmaster professional (cal.1164)

北海道T.H.様ご依頼品

オメガのスピードマスターで、ムーブメントがETA7750と同じタイプとなるcal.1164搭載のモデルです。タイムグラファーで計測すると、絶好調ではないものの、そこそこに性能が出ているように見える状態です。実際に使ってみても、それほど歩度が大きく狂うこともなく、日常利用できると思われます。しかし、一見調子が良いように見えて、裏蓋の奥では恐ろしいことが起きていることがあります。使っても使わなくても、最低5年に一度はメンテナンスをおすすめする理由があります。

ブログに掲載できるのは助かった事例ばかりです。莫大なパーツ交換費が必要な事例は、ほとんどの方が見積もりをみて「やめます」と。(苦笑)その他、門前払いになった悲しい時計たちが山ほどある事実を忘れてはいけません。「カネに糸目はつけねぇ」という御大尽は、そうそういるものではありませんネ。誤解なきよう申し上げます。アトリエ・ドゥは安くあげることは二の次です。全て【その時計の修理において理想的な状態を保つために必要かどうか】という視点で容赦なく見積もりを行います。その結果、パーツ代が10万円以上ということもあります。少し無理してでも安くして受注しようなどという発想は全く持ち合わせておりません。そんなことをすれば、結局早晩その時計は再び故障し、信頼を無くすことになるからです。安くなければやめるというならそれで結構。いくら払ってでも直したいという方こそ、こちらもその気で取り組むだけです。そして、私に無理な仕事はお引き受けしません。潔く諦めます。なんでもかんでもやろうとするから、拙速な仕事になるのです。


オメガ・スピードマスター・プロフェッショナル(cal.1164)

オメガのスピードマスターで、ムーブメントが7750ベースのモデル(cal.1164)です。分解前の測定では、特段異常というほどの兆候はみられません。機能にも問題は見られず、オーバーホールのみで直りそうです。

 

ところが。裏蓋をあけたところ、切替車のホゾの周囲を良く見ると、赤いチリのようなものが。そう、これはサビです。測定機の結果だけを見て「オーバーホールのみで直ります」などうっかり安請け合いすると、とんだ大損を喰います。ですから見積もりは必ず裏蓋をあけて内部を点検してみないことには分からないのです。パーツ代が高い機械式時計では特にそうです。

 

さらに分解して切替車の裏側をみたら、びっしり赤錆が出ておりました。削れたサビが周囲にも散らばっている様子がわかります。このまま放置していたら、次々と他のパーツにもサビが感染ってしまうでしょう。時計が動かなくなったときには、すでに手遅れです。定期的にメンテナンスを受けていれば、早期発見も可能です。

 

切替車は補修での再利用ができないほど、サビによるホゾの摩耗とダメージを受けており、これは交換することにしました。ちなみに、切替車とはローターの回転を動力として、ゼンマイを自動で巻き上げるために必要となる部品です。ローターが回転するときだけ力を伝え、そうでないとき(例えば手巻きした時)にはローターとの接続を解除する(切り替える)働きを担っています。自動車でいうクラッチに近い役目です。

 

新しい切替車と並べてみると、サビによる損傷がいかに激しいかがお分かりになると思います。おそらく巻き上げ効率は大きく落ちていたはずと思われますが、着用する人の使用条件などによっては気がつかないこともあります。特に手巻きして使っている人だと自動巻き機構の不良には気づかないことがあります。(自動巻きの時計はあまり手巻きしないほうが良いです。切替車が高速回転するため、ホゾへの負担が高く摩耗が加速します。)

5年に1回以上は定期メンテナンスに出しましょう。まだ動くからいいやと思って使い続けるとこうなります。結局余計なパーツ交換費用や修繕費用がかさみます。

 

かわって文字盤から針を抜くところ。針は至る所に細かいスモークのような汚れがついています。とくに秒針(写真左部分)の中央周囲がひどいですね。油膜性の汚れであれば、簡単に落とす事ができます。地金の腐食によるものや、何らかの化学反応による蒸着の場合には無理に落とすと跡が残るだけで、余計に見苦しくなります。今回は幸い前者でした。後者の場合は基本的にそのままにします。見ただけでは分かりにくく、実際に作業する段階になって判明することが多いものです。

 

分解途中のようす。切替車の擦り減ったホゾのサビは、蒸発してくれるわけではありません。このように周囲に散らばって他のパーツに悪さをします。角穴車の表面がサビっぽくなっていますが、これは明らかに感染したサビです。しかし、この程度であれば補修が可能ですので、パーツ交換は免れます。ただし、錆びとりに若干手間がかかることから、錆びとりパーツ補修料金の適用とさせていただきました。

 

パーツの分解と洗浄が完了したところ。細かく散らばったサビは、微塵も残さず除去しなければなりません。洗浄はいつも以上に念入りに丁寧に行う必要があります。このように、ひとたび内部にサビが生じると大変厄介で手間がかかります。

 

香箱のゼンマイも巻き直して注油します。

 

バランスを地板に組んで調整しているところ。幸いこちらには問題はみられませんでした。

 

ベースムーブメントの組み立てを行います。オメガcal.1164 は、ETA7750と同じといってよい構造です。どこが違うの?と聞かれても、私も返答に窮するほど、見た目上の違いはありません。強いていえば、厳選されたハイグレードのパーツで作られていることくらいです。それらは性能や耐久性の違いとなって表れます。

 

ベースムーブメントの測定

左上)文字盤上 振り角 293° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

右上)文字盤下 振り角 295° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

左下) 3時下  振り角 269° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

右下)12時下  振り角 270° ビートエラー0.1ms +007 sec/day

シャキッとした7750らしい性能がでており、問題ありません。

 

続いて、クロノグラフ部分の組み立てに進みます。

 

ローターを仮組みして動作のチェックをします。新しい切替車の動作にも問題はなく、スムーズな回転を確認できました。

 

こちらはカレンダー機構の組み立てのようす。

 

文字盤と剣付けへと進んでいきます。

 

針と針の間隔には余裕があり、等間隔に真っすぐ取り付けできました。

 

いよいよケーシングです。分解前のどこかうっすらホコリっぽいような赤錆まみれのムーブが、ご覧の通りすっかりキレイにピカピカになって完成です。裏蓋を閉じてしまうのがもったいない位に、いつもこうでなくてはいけません。

 

最終特性 (クロノグラフON)

左上)文字盤上 振り角 281° ビートエラー0.0ms -001 sec/day

右上)文字盤下 振り角 281° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

左下1) 3時下 振り角 242° ビートエラー0.1ms +006 sec/day

左下2)12時下 振り角 242° ビートエラー0.1ms +007 sec/day

右下3) 3時上 振り角 247° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

右下4)12時上 振り角 260° ビートエラー0.1ms +004 sec/day

実用的で現行の機械式時計を代表する性能と思います。7750も良い機械です。

 

完成

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