今日の時計『ラド・キャプテンクック』

RADO|Captain cook (AS.1858)
RADO|Captain cook (AS.1858)

兵庫県Y.H.様ご依頼品

ラドのキャプテン・クックのオーバーホールと針夜光入れ替えのご依頼です。ケースの研磨もご希望でしたが、旭光仕上げはもともと行っていないことに加え、回転式のインナーベゼルをケースから分離することができなかったため断念となりました。ご依頼主の子供時代にお父様が同じタイプのキャプテンクックをご使用されており、とても思い入れのあるご様子。普段装着してご利用になりたい旨のため、実用性を重視する場合に重要となる部分にスポットを当てた修理内容となっております。


ラド キャプテン・クック

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オーバーホールに加え、針/文字盤の夜光交換と外装フルポリッシュのご希望をいただきました。文字盤の夜光交換は基本的にはお受けしておりませんが、それは作業に難がある場合が多いからです。今回はインデックス部分が文字盤の面より浮いており作業しやすく、これなら可能と判断し合わせて実施することになりました。

 

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ケース本体から風防を外しているところ。防水風防は内側にリングがついているため、ちょっと指で押した程度では外れません。専用の工具で締めながら外します。力加減を間違えますとプラスチック風防は簡単に割れてしまいますので、経験がものを言います。(それでも個体差や劣化等のためしばしば不運にして割れます)

 

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インナーベゼルは、ケース本体と上面リングによりサンドイッチされている構造でした。これは内側から押し駒を使ってインナーベゼルもろともリングを外す必要があるのですが、再びリングを装着するためにはリングの径にピッタリあった専用の駒が必要です。あいにく当工房にはなく、この部分の分解を行えません。そのため、ケース本体の研磨は見送りとさせていただきました。とても悔しいのですが、ここは堪えどころなのです。無理に進めて後々取り返しがつかない事態を招くのは、まさにこういう特殊構造のタイプの時計です。自分のどうでもいい時計なら興味本位だけで遊び半分に壊しても笑って済みます。お代をいただくプロの仕事でそれは許されません。

 

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点線の部分が上面リングです。

 

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リングがあるため、逆さまにしてもインナーベゼルは落ちません。(リングのないタイプの『キャプテンクック』もあるそうですが、単にリングを外して再装着できずに、リング抜きで風防を閉じてしまった個体だったりもします。特に過去の修理履歴が分からないような、オークションに出てくるのはそういうものも多いです。)

 

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ケースのパイプはリュウズ内部のゴムがへばりついており、緑青も生じてボロボロの状態です。これでは防水性は全く期待できません。この部分だけはピンポイントに手作業で洗浄と研磨を行いました。

 

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こちらは取り外したリュウズ側のほうです。これも分解して清掃を行います。

 

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内部ガスケットのゴムはヘドロ状も通り越して、すっかり硬化していました。粉々に粉砕した黒い粉が、ゴムだったガスケットの残骸です。これで防水が効くはずないですね。とても日常使用などできません。

 

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清掃前(上)清掃後(下)

 

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新しいガスケットを汎用品の中から探し出します。

 

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ピッタリなものが見つかりました。

 

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仮組みしてみて感触を確かめます。きつ過ぎず、ゆる過ぎず。ほどよい感触でしたので、これでOKとします。

 

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針のほうの夜光も入れ替えました。針は真鍮にメッキしたものが多く、母材の酸化により表面に凸凹が生じてしまったものをよく見かけます。これは磨くとメッキが剥がれてますます見栄えが悪くなるので、このままにします。もしやるとしたら完全にメッキを全て剥がしたうえで、表面の再研磨と再メッキ処理をしないとピカピカにはなりません。(それをやると新品の針を買ったほうが早いほどコストがかかります)「針を磨いてくれ」というご依頼が非常に多いのですが、針の研磨は当工房では全てお断りしております。表面が劣化しておらず、油汚れ程度であれば除去できる場合もありますが、もちろんそれは実施いたします。

 

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かわってムーブメント本体です。テンプの耐震装置には油が一滴も残っていない状態です。

 

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分解前の測定です。耐震装置の油が乾いていても、平姿勢で振り角が300°近くも振っています。実は多くのムーブメントは全く注油などせずとも動きます。そしてこのように300°振ることもあります。では、一体何のために注油などするのか?いっそ油なんかいらないではないか。そう考えるのは早計です。そのまま使って何年持つでしょうか?油がなければあっという間にパーツは摩耗してダメになってしまうでしょう。それに、300°振っているから安心などと考えるのが、いかに測定器頼みの馬鹿げた判断かもご理解いただけると思います。タイムグラファーの弾き出す数値だけを見てあれこれモノを言う人を私は信用しません。

 

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全てのパーツの分解と洗浄が完了したところ。過去にだいぶオーバーホールを繰り返したようで、小傷は至る所にみられます。幸い、交換が必要なほどのダメージを受けたパーツは見当たりませんでした。

 

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香箱のゼンマイも洗浄して巻き直し、注油を行いました。

 

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巻き上げ機構の組み立てのようす。

 

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こちらは表輪列側です。香箱の変色が目立ちます。おそらく過去に一部水入りしたのでしょう。(冒頭のリュウズを思い出してください。防水性が効かなくなった時計でも、防水だと思い込んで使ったときの悲劇ほど時計にとって致命的なことはありません。古い時計はどんなものであれ非防水だと思って取り扱うべきです)

 

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ベースムーブメントが完成しました。

 

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ベースムーブメントの測定

左上)文字盤上 振り角 254° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

右上)文字盤下 振り角 247° ビートエラー0.0ms +009 sec/day

左下) 3時下  振り角 210° ビートエラー0.1ms +015 sec/day

右下)12時下  振り角 217° ビートエラー0.2ms +010 sec/day

振り角は分解前よりも、洗浄して注油した後のほうが下がっていますが、これで良いのです。油は摩擦抵抗を下げると信じ込んでいる人が多いのですが、事実は逆です。注油する油の種類や量によっては、摩擦抵抗は大きくもなるのです。それは適切な油と適切な量で行った場合であってもです。オーバーホールを実施したからといって、実施前と比べて必ずしも振り角が上がるわけではない典型例といえます。

 

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カレンダーモジュールの組み立てへと進みます。

 

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文字盤と剣付けまできました。今回は夜光の入れ替えにより見栄えは少し良くなった気もします。廃墟の美学ではないですが、ボロボロに朽ちたままの美しさを見いだす向きもあり、必ずしも夜光交換はおすすめはしません。(まあ私が塗装下手なのもありますが)まさしく個人のお好みといったところ。

 

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暗所にて光具合を確認します。実用性という意味では夜光が機能するに越したことはありません。

 

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ケーシングを行って、自動巻きモジュールを取り付けたところ。

 

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さらにローターまで組み込んで完成です。片巻きながら、なかなか巻き上げ効率が良く、まだまだ現役として十分に実用可能な状態です。

 

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最終特性

左上)文字盤上 振り角 256° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 266° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

左下1) 3時下 振り角 231° ビートエラー0.2ms +012 sec/day

左下2)12時下 振り角 220° ビートエラー0.0ms +008 sec/day

右下3) 3時上 振り角 230° ビートエラー0.1ms +001 sec/day

右下4)12時上 振り角 225° ビートエラー0.0ms +009 sec/day

見積もり時にリュウズまわりの朽ち具合を見た時は「ああダメかも」と思ったのですが、立派に復活を果たしました。どういうわけか、ブログ掲載オプションをご選択いただいた案件に好結果となるケースが多い気がしますが、決して狙っているわけではありません。同じようにいつも通り作業していても、今回のように上手くいく場合ばかりではないので、あくまで参考事例としてご覧ください。水入りのもの、普通はこんなに良くなりません。ラッキーな事例です。

 

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完成

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