今日の時計『ラド・ミニスター』『セイコー・アドバン』

RADO|Minister ETA 2798
RADO|Minister
ETA 2798
SEIKO|Advan 7019A
SEIKO|Advan
7019A

神奈川県H.I.様ご依頼品

お父様のご遺品とのことで、修理のご依頼をいただきました。偶然ですが60〜70年代頃の舶来品と国産品のそれぞれの特徴がよく表れている2点です。同一人物によってご使用されており、過去に修理に出した先もおそらく同じと思われるような節があって、比較しながら見てみるとそれぞれの個性が際立って面白いと思います。


オーバーホール事例:ラド・ミニスター(神奈川県H.I.様ご依頼品)

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ラドのミニスターのオーバーホールとライトポリッシュのご依頼です。ETA cal.2798 搭載で6振動です。後続となるETA cal.2824など28系の前身となる機械で、cal.2824は8振動で別のムーブメントですが、基本的な構造や設計思想は一致しています。分解前の測定でも全体的に遅れてはいますが、姿勢差はΔ14秒ほどで振りもしっかりしており、素性の良さが分かります。オーバーホールの実施でΔ10秒以内が見込まれます。

 

RADO2798-2

文字盤のイカリマークは、オリジナルのものは裏に軸がついていて、動くように作られています。しかし、このシンボル部分は取れやすい欠点があり、どうやら過去に取れてしまって修理で接着剤で固定してしまったようです。それだけならまだしも、曲がったまま付いています。経緯が不明ですが、なんだか少しやるせないですね。ご覧のようにべったりはみ出してますから、これでは外して再接着もできません。今こんな修理する店つぶれると思います。ある意味で昭和がウラヤマシイです。

 

RADO2798-3

全てのパーツの分解と洗浄をして、パーツを並べたところです。うっかり写真を撮り忘れてゼンマイを組み込んでから撮影したため、香箱は出来上がってますが、ちゃんとゼンマイも取り出して洗浄しています。

 

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最初に地板にテンプだけを組んで、ひげぜんまいの調整を行います。この機械は緩急針にネジ溝がついており、ネジを左右に回すことで歩度の進み/遅れを調整する仕組みになっています。歩度の微調整がしやすく、かつ位置がずれにくい利点はあるものの、それはひげぜんまいが正しいカーブに調整済みであることが前提です。カーブが正しくない場合、緩急針をずらしながら再調整しますが、その際は上記の利点がそのまま欠点(再調整しにくい)でもあります。イカリマークで嫌な予感はしていました。やらなくて良いのに何かの一つ覚えでコテコテの内あて調整(カーブを強制的に内側に偏向させてアオリを消す手法で60〜70年代国産の安い時計に多いが、このテンプのひげぜんまいには向かない)がされており、それを再調整し直したため、少し疲れました。

 

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洗浄前の香箱とゼンマイの洗浄と再注油後の香箱です。28系は8振動のため厚いゼンマイが入っていますが、cal.2798 は6振動なので8振動よりも低いパワーで動作させることができ、ゼンマイは普通の厚みです。特にcal.2824は手でゼンマイを巻き上げると重く感じることが多いです。本機は28系とギア比などは同じでも、ゼンマイが薄いので、軽やかとまではいきませんが普通に巻き上げることができます。

 

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ベースムーブメントの組み立てです。巻き上げ機構と表輪列から組んで行き、脱進器・調速機へと進みます。

 

RADO2798-7

ベースムーブメントの測定

左上)文字盤上 振り角 285° ビートエラー0.0ms +006 sec/day

右上)文字盤下 振り角 301° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

左下) 3時下  振り角 239° ビートエラー0.2ms +011 sec/day

右下)12時下  振り角 233° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

分解前の姿勢差Δ14秒から、Δ7秒へと半減しました。予想通りの好結果です。テンプのひげぜんまい調整をめんどくさがらずにちゃんとやった結果が出ています。ただ洗って油を差しただけでは、こうはいかないです。

 

RADO2798-8

カレンダー機構の組み立てと、文字盤/剣付けを行ったところです。

 

RADO2798-9

ケーシングしたところ。回転錐にはベアリングが入っておらず、2枚の金属版でサンドイッチしているシンプルな構造です。6振動により香箱のゼンマイを巻き上げるための力が少なくて済むため通用する仕様と思います。ベアリングは優れた機械特性を持ちますが、強い負荷で長期利用すれば経年劣化します。その点こちらは簡単な構造でも、負荷が弱く劣化しにくいのが利点と思われます。

 

RADO2798-10

最終特性

左上)文字盤上 振り角 301° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

右上)文字盤下 振り角 305° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 260° ビートエラー0.1ms +010 sec/day

左下2)12時下 振り角 260° ビートエラー0.2ms +001 sec/day

右下3) 3時上 振り角 262° ビートエラー0.2ms +006 sec/day

右下4)12時上 振り角 266° ビートエラー0.2ms +010 sec/day

最大振り角305°で最大姿勢差Δ9秒ビートエラーも0.2ms以下と優秀です。半世紀前(60〜70年代頃)の製品ですが、現行品のETA搭載ムーブメントと比べて全く遜色がありません。時計のケースを見ればわかりますが、相当使い込まれてきて、腕のアヤシゲなショーワの修理(?)も経てなお、これだけの性能が回復できるのですからスゴイと思います。やはり、スイス製の舶来品には一日の長があると認めざる得ません。

 

RADO2798-11

完成

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オーバーホール事例:セイコー・アドバン(神奈川県H.I.様ご依頼品)

advan-1

セイコー・アドバンのオーバーホールとライトポリッシュのご依頼です。少し時を早く刻むとのことでしたが、おそらく平姿勢で机の上などに置いておくと日差+4秒程度であることが、測定器の結果と一致します。しかし、縦姿勢では−50秒程度遅れていることから、身につけている時間が長い程に遅れる状態と思われます。

 

advan-2

ブレスレットのクラスプ中留め用のバネ棒が、正しくない種類ではみ出しているうえ、老朽化して一部が壊れています。良く見ると同じセイコーのアクタスのものですが、ご遺品とのことなのでオリジナル純正品とみなして修理対象に。中留め用ヘッドのバネ棒で、より丈夫な太い径のものに交換しました。

 

advan-3

バネ棒と一口に言っても、長さや太さはもちろん、使われる場所によってヘッドの形状の異なるものが色々ありますので、どんな時計にも対応できるようにバネ棒はスペアパーツも豊富に取り揃えています。写真に映っているものはこれでもまだ一部です。

 

advan-4

パーツの分解と洗浄がおわって、ならべたところです。

 

advan-5

香箱のゼンマイも洗浄と再注油を行います。

 

advan-6

組み立ての様子です。7019Aは70年代のムーブメントで、セイコーの機械式時計のなかではクォーツ式時計に取って代わる最晩年にあたる頃の製品です。セイコーイズムといいますか、独自の設計思想のひとつの結論とみてとれます。賛否はあると思いますが、一時計師としての率直な感想は「組みづらい時計」です。クォーツ式時計が爆発的にのび始めた頃の70年代にあっては、合理化と低コスト化はやむを得ない時代の流れだったのでしょう。クォーツショック前のマーベルに見られるような質実剛健ぶりは影をひそめ、高価なクォーツ式時計(!)に比べて、いかに安く大量に作れるかが機械式時計に残された悲しい末路だったことをこの機械そのものが物語っています。理想的な機械式時計とは?などと言っていられなくなって、なり振り構わず作ったような設計ですから、ライン生産できても分解掃除しにくい構造です。今日の機械式時計の復権ぶりはさすがに予見できなかったものと思います。

 

advan-7

ベースムーブメントの測定です。

左上)文字盤上 振り角 223° ビートエラー0.1ms +015 sec/day

右上)文字盤下 振り角 224° ビートエラー0.0ms +015 sec/day

左下) 3時下  振り角 197° ビートエラー0.1ms +013 sec/day

右下)12時下  振り角 196° ビートエラー0.2ms +020 sec/day

振りが200°ちょっとまでしか出ないのは、60年代〜70年代ごろの国産時計では珍しくなく、今回もよくあるパターンです。歩度もだいたい10秒〜20秒程度に収まっています。すこぶる精確とまではいかないけど、実用性がないほど悪いわけでもありません。なんとなく国民性が感じられるとまでは言い過ぎでしょうか。なんだか安心いたします。

 

advan-8

カレンダー機構の組み立てと、文字盤/剣付けへ進みます。この文字盤は光の反射する角度によって表情を変える仕様です。ケースのシルエットや風防カットガラスと相まって、70年代を象徴するようなサイケデリックな雰囲気を醸し出しています。ちょうどスターウォーズが大ヒットした時代ですから、世の中全体が何やら近未来的でSFチックな世界観がもてはやされていた中での登場だったろうと思います。ピコピコしたコンピューターサウンドが聞こえてきそうです。とにかくブームに乗ってみる(が、飽きるのも早い)のも、どこかの国では今に始まったことではありません。

 

advan-9

ケーシングまで進んだところです。80年代には製造が途絶え、その後90年代以降に復活した現行のセイコー機械式時計と見比べてみると、ムーブメントの雰囲気はすごく良く似ています。かつての製品同様に、半世紀を経てなお使える製品作りをして欲しいものですね。目先の利益ばかり追求すると、50年後の人々に笑われます。それではいつまでたっても海外ブランドを超えることはできないでしょう。流動的に移り行く時代の中で、新しいトレンドを巧みに取り入れつつ、一方でコンサバティブに頑固に守るスタイルとの共存。そのさじ加減の絶妙さ。ブランドをブランドたらしめている秘密は、その辺りに見え隠れする気がいたします。哲学なくば後追いに過ぎず。

 

advan-10

最終特性

左上)文字盤上 振り角 242° ビートエラー0.1ms +006 sec/day

右上)文字盤下 振り角 241° ビートエラー0.0ms +007 sec/day

左下1) 3時下 振り角 220° ビートエラー0.2ms +011 sec/day

左下2)12時下 振り角 209° ビートエラー0.1ms +019 sec/day

右下3) 3時上 振り角 212° ビートエラー0.1ms +012 sec/day

右下4)12時上 振り角 219° ビートエラー0.0ms +004 sec/day

全姿勢差(Δ)約16秒で、実測値も日差20秒程度なので、まずまずの仕上がりだと思います。60〜70年代のアンティーク品はパーツを替えたくても手に入りません。経年の摩耗や劣化が進めば、オーバーホールで再調整したとしても日差20秒以内の精度に入れることは簡単ではありません。

 

advan-11

完成

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