IWC: Automatic cal.8541B (ref.R814A)

オーバーホール事例;IWC cal.8541B(愛知県D.T.様ご依頼品)

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今回のお品はIWCのオートマチックcal.8541Bです。IWCが『インター』の愛称で時計ファンに親しまれていた時代の中でも、特に85系(自動巻き)や89系(手巻き)のものは今なお人気があります。cal.8541Bは85系の最終形モデルとなり、末尾のBは秒針のハック機能を有することを示しています。初代インヂュニアに搭載されているムーブメントも同型のものです。振動数は毎時19,800振動(5.5Hz)のロービートモデルとなります。

 

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このケースはワンピース型と呼ばれる構造で、裏蓋というものが存在しません。そのため、ムーブメントを外すためには風防を取る必要があります。写真はワンピースの風防を外すための専用工具です。ツメでつかむタイプの汎用オープナーもありますが、今回は風防がプラスチック製のため、ツメだと傷が付いてしまいます。リングタイプのオープナーがうってつけです。

 

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風防を割らないように、慎重に力を加えて締めていき(写真左上)、ケースの内径と一致した「手応え」まで来たらそっとケースから外します(写真右上)、工具の締め付けを解いて風防を工具から外します(写真左下)、最後にムーブメントをケースから取り出します。(写真右下)

 

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分解前の測定です。振り角が300°近くあるものの、全体的に数秒程度の遅れが見られます。波形にはほとんど乱れがなく、ビートエラーも適正な範囲ですので、オーバーホールのみにて問題なく直りそうです。インターの時計は注油が切れていても実用性のある特性だったりして驚かされます。パーツの加工精度や材料の品質などが高いことはもちろん、優れた設計でなければこうはいきません。

 

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すべてのパーツの分解と洗浄が完了しました。幸いパーツに痛みや摩耗などは見受けられず、まだまだ使えそうな状態でした。ピンセットでつかんだだけでも、鋼材の品質が伝わってくる時があります。オールドインターは往年の名機の中でも、特に硬い鋼材を驚異的な加工技術で細部まで完璧に仕上げています。IWC本社のあるシャフハウゼンはスイス東部のドイツ語圏に位置しますが、ジャーマンウォッチにも見られるような、いわゆるドイツ人的気質のようなものを感じます。緻密で真面目な作りです。

 

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テンプのひげぜんまいを調整します。通称『ブレゲひげ』(Breguet Hair Spring)と呼ばれる、オーバーコイル型の二階建て構造を持ったひげぜんまいです。考案者は時計界の天才こと、アブラアン・ブレゲです。トゥールビヨン機構など数々の先駆的機構を発明した人物として良く知られます。ひげぜんまいの中では特性に優れるものの、製造や調整の技術が難しいため、現在では一部の高級機をのぞいて採用されることが少なくなっています。

 

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香箱の中のゼンマイも洗浄して再注油を実施しました。分解前(写真左)の状態には全く問題がなく、そのままでも使えそうな状態だったのですが、その他の部品の注油状況からみて相当期間経過しており、油が残っていても劣化していることがありますから、念のために洗浄して新しい油を差します。

 

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ムーブメント本体を組み立てていきます。巻き上げ機構(写真上)から始まり、輪列と脱進器・調速機構へと進んでいきます。(写真下)地板や受けにもペルラージュ模様が丹念に刻まれ、たいへん美しい機械です。もともとは油が散りにくいように表面を加工するための技法のひとつですが、コート・ド・ジュネーブ(さざ波)模様と並んで、現在では見た目に人気のある装飾技法としても採用されています。シースルーバックが無かった時代にも関わらず、時計作りへの並々ならぬ気概が感じられます。持ち主が中身を目にすることがないのが、今日的な感覚からするともったいない位です。

 

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自動巻きブロックまで組み上がりました。85系の設計者は、アルバート・ペラトンという人です。IWCの中興の祖といってよい業績を残しました。この自動巻きブロックも『ペラトン式』と呼ばれ、彼の名を冠したものとなっています。ペラトン式はIWC独自の巻き上げ機構で、巻き上げ効率が高いうえに丈夫で故障も少なく、独創的な優れたシステムです。IWC現行品のオートマチックにもブレゲ式ひげぜんまいと並んで復活搭載を果たしています。

 

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自動巻きローターと巻き上げ機構を外して、裏側から見たところです。ローターのカムが写真のように中心軸(赤い穴石)に対してエキセントリックな形状をしており、ローターが回転することで、カムと噛み合っているさおの部分が左右に移動するような仕組みとなっています。ペラトン式ワインディングのさおを実際に左右に動作させている様子をビデオに収めましたので、ダイナミックな動きをご覧ください。

ペラトン式ワインディングのビデオを見る(約2MB/24秒)

 

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ムーブメント単体で仮の歩度測定です。

左上)文字盤上 振り角 303° ビートエラー0.0ms +009 sec/day

右上)文字盤下 振り角 314° ビートエラー0.0ms +011 sec/day

左下) 3時下  振り角 260° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

右下)12時下   振り角 264° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

分解前の予想通りの結果で、若干姿勢差はみられるものの、おおむね良い状態です。

 

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実際にケースにムーブメントを組んだ状態で剣付けを行ないます。ワンピース構造のため、ムーブメントを先にケースにセットして、自動巻きブロックだけを後から付け足すことができません。そのため自動巻きブロックまで全部付けた状態で文字盤を付けますが、そうすると今度はムーブメントをホルダーに固定できないので、直接ケースに付けるしかないことによります。最後に風防をはめることで完全に固定されますが、写真は半固定状態で若干不安定です。そのため慎重に作業を行います。

 

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剣付け後に風防をはめ込みして、最終特性を計測します。

左上)文字盤上 振り角 316° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

右上)文字盤下 振り角 310° ビートエラー0.0ms +012 sec/day

左下1) 3時下 振り角 286° ビートエラー0.2ms +008 sec/day

左下2)12時下 振り角 263° ビートエラー0.1ms +000 sec/day

右下3) 3時上 振り角 264° ビートエラー0.4ms +008 sec/day

右下4)12時上 振り角 262° ビートエラー0.2ms +005 sec/day

全姿勢差は0〜12秒(Δ12秒)振り角も最大316°最小262°と問題ありません。

 

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完成。

今回のサービス料金:オーバーホール(自動巻き)¥ 20,000

外装研磨サービス:フルポリッシュ ¥ 5,000

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