RADO: Golden Horse (cal.AS1789)

オーバーホール事例;RADO “Golden Horse” (東京都H.K.様ご依頼品)

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今回のお品はラドのゴールデン・ホースです。ASのキャリパー1789を搭載した、毎時18,000振動のロービート・ムーブメントで60年代頃のアンティーク品ですが、ゴールデン・ホースはRADOを代表するロングセラー・シリーズで人気があり、今でも時折修理に来ます。ご覧の通り風防にキズやヒビ割れなど使用感があり、止まったままの状態とのこと。ご依頼内容はオーバーホール&フル・ポリッシングです。

 

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風防についてはヒビ割れを研磨で落とすことはできないため、交換することに。オリジナル品には付いている、カレンダー窓用の内側レンズが無いタイプの汎用品で可とのご了承をいただき、オリジナル品に最もデザインが近く、サイズが一致するプラスチック風防を探して取り寄せました。(写真左下)防水風防という内側にリングが付く特殊なタイプのため、ベゼルとの相性があります。そのため、単に外径だけオリジナルと同じサイズでも使えない事があります。幸い無事に取り付けできました。(写真右下)

 

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続いて、ムーブメントを分解していきます。香箱を開けたところ、ゼンマイが切れておりました。止まったまま動かない原因はこれです。ゼンマイもオリジナルと同じものはすでに在庫が市場から枯渇しているため、ゼンマイの厚みや幅をマイクロメーターで計測し、これもジェネリック汎用品の中から規格が同じか最も近いものに交換します。ゼンマイについては一部のマニュファクチュールを除いて、自社内で製造しているブランドはほとんどありません。(ゼンマイはロット当たり10万個以上で受注してくれる専門メーカーが製造しているため、あまりに特殊な規格のゼンマイは在庫が切れたら代用品もありません)

 

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幸いゼンマイもオリジナルと規格がほぼ一致するものが見つかりました。ゼンマイの厚みは0.1mm前後のものが多いのですが、例えば 0.1mmと0.11mmではたった1/100mm の違いでも、バネの力が違いますので、場合によっては不都合が生じます。幅1.2mm-厚み0.11mm-長さ320mm…のように、3つの要素を調べてから探しますが、困ったことに時計によって全部これらの数値の組み合わせがまちまちのため、無数の組み合わせパターンが存在します。(汎用品と言っても数百種類もあります)厚みのみならず、幅や長さが違うことでもトルクのエネルギーや持続時間が変わるため、選定には専門的な知識と注意が必要になります。

 

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新品のゼンマイを入れ替えるときは、自動巻き用であればあらかじめ香箱を洗浄して内壁にスリッピング・アタッチメントのための注油を施しておき、(写真左上)続いてゼンマイの巻きの向きに注意しながら香箱に新しいゼンマイのリングを乗せせ、(写真右上)飛び出さないよう注意しながら、ゼンマイを香箱内へと押し出します。(写真左下)香箱真を取り付けて、ゼンマイにも注油をします。(写真右下)なお、新品のゼンマイは注油済みであるから油は差さなくて良いという人がいますが、何年も在庫品として放置されたゼンマイかも知れませんので、アトリエ・ドゥでは新品であっても状態によりベンジンで古い油を落とした上で、新しい油を差すようにしております。

 

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全てのパーツの分解と洗浄が完了して、並べたところです。この時計のムーブメントには、現在では考えられないほど石(ルビー)を多用した豪華なパーツが使用されております。60年代頃は、まだ今ほど低コスト化や高効率化といった考えが重視されず、それよりも高性能化や高品質化を目指して、良いモノ作りを追求できる時代でありました。当時と同じものを今作ろうとすると、コスト的に割に合わないパーツが多すぎて出来ない、とはよく聞く話です。アンティーク時計をみていると、経済が伸び盛りだった国や時代の勢いのようなものが感じられるときがあります。古い時計の醍醐味のひとつです。

 

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組み立てはテンプから行なうのが当工房のいつものパターンです。テンプは上下左右あらゆる角度から眺めて調整する必要があるため、まっさらな地盤にまずテンプだけを組んで調整してしまいます。写真はテンプ受けを裏返して、緩急針のヒゲ棒の矯正をピンセットを使ってはじめるところです。対震装置も昔のものはこのように裏側からCリングなどのバネで固定されていたりします。

 

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写真左は矯正前で、写真右が矯正後です。このヒゲ棒の隙間にヒゲぜんまいを通しますが、隙間は平行にまっすぐな状態でなければなりません。曲がったまま時計を動作させると、文字盤を上にした時や下にした時など、姿勢により歩度に差が出てしまいます。にもかかわらず、無頓着で不平行な状態のままのものを良く見かけます。ひどい物になるとヒゲぜんまいとヒゲ棒の接触面が噛み合わずに、一部が棒からはみ出していたり、ヒゲ棒がぐちゃぐちゃに変形していたりします。写真は拡大してますので簡単にまっすぐに出来そうに見えますが、実際の大きさはゴマ粒以下ですから、糸のように細くて折れやすいヒゲ棒を真っすぐに矯正するのは容易ではありません。ちょっとでも力加減などを間違いますと、簡単にポキッと折れてしまいます。

 

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こちらは受けから外したテンプ本体を振れ見機に取り付けして、テンプの輪の振れ具合や、ヒゲぜんまいの内端カーブや水平具合などを確認しているところです。この状態でそっと輪を回してみて、ブレや偏心などが無いように調整します。テンプの軸の先端の径はわずか0.07~0.09mm ほどしかありません。うっかり強い衝撃を与えようものなら簡単にホゾが折れてしまいますから、細心の注意をもって作業をしなければなりません。テンプ関係の調整は性能に直結しますので、全神経を集中した作業となります。こうして文章にしてみると、肩の凝りそうな作業の連続で吐き気がしますが、当の本人はこの仕事に就いてから肩こりに悩まされたことは未だ一度もありません。不思議なものです、、。

 

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緩急針とテンプの調整が済み、受けに組んで最終的な確認をしているところです。この緩急針をひげぜんまいの曲線に沿って動かすことで、ひげぜんまいの収縮運動する周期が変わります。それによって歩度の調整を行ないます。手前側に緩急針を引けば、ひげぜんまいの見かけ上の長さが延びる(=周期が長くなる)ので(ー)『遅れ』。逆に、奥に向かって押せば、ひげぜんまいの見かけ上の長さは短くなる(=周期が短くなる)ことにより(+)『進み』、となります。(なお、「振り角」とはテンプが1周期につき回転移動する角度のことで、理論上は360°が最高ですが、構造上の物理的な制約などもあり、実際の動作では320°程度が限界です)

 

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テンプの調整が済んだらいったん地板から外して、ムーブメント本体の組み立てに移ります。テンプに比べたら、大きく丈夫なパーツばかりですから、毛ゴミなどの混入には注意しつつ比較的素早く作業が進みます。輪列と巻き上げ機構まで完成したところ(写真右下)で、ザラ回しといってゼンマイを巻く動作を行い、輪列の歯車を回転させて問題がないことを確認します。スムーズに各歯車が回転していれば、ホゾに注油を施します。その後、アンクル(脱進器)とテンプを組み込んで、ベースムーブメントが完成します。

 

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ベースムーブメント単体の状態で、仮の測定を行ないます。

左上)3時上 振り角 247° ビートエラー0.1ms +009 sec/day

右上)3時下 振り角 249° ビートエラー0.2ms +006 sec/day

左下)12時下 振り角 246° ビートエラー0.1ms +016 sec/day

右下)12時上 振り角 243° ビートエラー0.2ms -008 sec/day

3時(リュウズ)上と下では、振り角も歩度もほぼ拮抗しています。ところが、12時上と下では、振り角こそ同程度なのに、歩度だけが真逆になっています。これは、テンプの重心のバランスが完全ではないことを示しており、『テンワの片重り』と呼んでいます。3時上下で歩度の姿勢差はΔ3秒に対し、12時上下ではΔ24秒も差があるため、このままでは日によって進んだり遅れたりする差が24秒あることになります。いくら緩急針で歩度を微調整したところで無意味であると分かります。

 

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テンワの片重りは、実際にテンワの一部を削って余分な重りを取り除くことで、テンプの重心が天真の軸と一致するように、バランスを調整します。写真はテンワを削るためのキリと台座です。なお、キリ等でテンワを直接削るのは、テンワが一体成形タイプの新型のものに限ります。旧型のチラネジが付いているタイプのテンワは、チラネジ調整といって、ネジに重りを加えたり外したりすることでバランスの調整を行います。また、今回のようにタイムグラファーの測定結果を使いテンプごとバランスを取る手法は『ダイナミック・バランス』(動的バランス)といいますが、ひげぜんまいを外してテンワのみを物理的に平行棒の上を転がして、静的にバランスを取る方法もあります。(静的バランスは天真を交換した際などに必ず行ないます)

 

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今回削った部分は、赤い矢印の部分です。過去にもずいぶん削られた跡がありますね。削り取る量が多すぎると、今度は別の場所が偏心して、それを取る為にさらに削ったら、また削り過ぎてさらにバランスが悪くなり、、、等ということを繰り返しているうちに、このように穴だらけになってしまいます。削れば削るほど、設計時のテンワの重量から軽くなってしまい、期待した性能が発揮できなくなりますから、やみくもに削ればよいわけではありません。今回私が削った部分はこの小さな1点のみです。

 

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さてどうなったのでしょう。

左上)3時上 振り角 246° ビートエラー0.2ms +015 sec/day

右上)3時下 振り角 248° ビートエラー0.1ms +010 sec/day

左下)12時下 振り角 250° ビートエラー0.1ms +015 sec/day (作業前 +016)

右下)12時上 振り角 256° ビートエラー0.3ms +005 sec/day (作業前 -008)

作業前と緩急針やヒゲ持ちの位置は同じですから、バランスが変わったことでビートエラーが変化しました。(これは正常で、後ほどヒゲ持ち再調整でエラーを取れます)

そして、12時上下でΔ24秒だった姿勢差は、Δ10秒まで改善することに成功しました。3時上下の結果を合わせても、縦四方の最大姿勢差は(+015)-(+005)=Δ10秒ですから、これでようやく緩急針を使った微調整が活きるバランスになりました。

 

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さらに本体の組み立ておよびケーシング完了後に、最終的な測定を行ないます。

左上)文字盤上 振り角 301° ビートエラー0.1ms +005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 282° ビートエラー0.0ms +014 sec/day

左下1)3時下 振り角 244° ビートエラー0.1ms +013 sec/day

左下2)12時下 振り角 244° ビートエラー0.1ms +014 sec/day

右下3)3時上 振り角 246° ビートエラー0.2ms +007 sec/day

右下4)12時上 振り角 243° ビートエラー0.2ms +009 sec/day

全姿勢差Δ9秒 (最高+014 最小+005)

最大ビートエラー0.2ms(推奨値 ≦ 0.3ms)

最大振り角301°最小振り角243°

 

 

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完成。

今回のサービス料金:オーバーホール(自動巻き) ¥20,000

追加パーツ費用:ゼンマイ ¥5000 プラスチック風防 ¥2000

外装研磨サービス:フル・ポリッシング ¥5,000

合計(税込):¥32,000

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