Seiko: GS Special Hi-Beat 6155-8000

セイコーGSスペシャルハイビート

セイコーGSの同じモデル2つを使って1つ分に仕上げる修理です。早い話が、一つがメインで、もう一つは部品取り用として別途に入手したものです。当工房のサービスでは『すべておまかせコース』(10万円〜)に該当するサービス内容ですが、今回は両方の時計ともご依頼主が所有しているものを使うため、特別に通常のオーバーホール費用2回分にて複数台組み合わせとさせていただきました。裏メニューです。部品取り用のほうがメイン用よりも高かったそうで、5万5千円だったとのこと。オークション利用者にはおなじみのことで、よくある話しです。必ずしも落札価格と品質は比例しません。

 

裏側のようす。片方はメダリオンがとれています。ちなみに右がメイン用で左が部品取り用。型番が同じなので、そっくり裏蓋も交換してしまいます。製造番号などというものはこの際無視します。こんなふうに部品取り用のものから裏蓋だろうと中身のパーツだろうととってきてしまうことでしか、こういう古いアンティーク品を直すためには他に方法がありません。よく裏蓋の番号を見てしたり顔に「これは何年何月製造のうんぬん〜」とウンチク垂れるマニアの方がいますけど、そんなものはいかに当てにならないか分かると思います。オタクな知識だけで時計を判断するとまがいものつかんでおしまいです。オークションなんて過去にどこでどんな修理をしたものが出回っているのか分かりません。肝に命じておくべきです。

 

メイン用のものから分解前の測定。実は1年以内に他店でオーバーホールしたものだそうで、調子悪くなったので当工房に今回のご依頼の運びとなったとのこと。縦平ともに全巻きでどうにかやっと200°に届くかどうかという按配。確かに1年以内にメンテしたにしては、ちょっとどうかなという印象。測定値上はギリギリ進みあたりを狙ってよく調整してあるように見えるものの、ご依頼主いわく「遅れる」とのこと。古いものだけにこういうこともザラにあります。毎度ながら測定機の結果はあくまで参考値です。実際に着用して使うと、ガラリと性能が変わってきます。

 

こちらは部品取り用のもの。見るべくもない特性ですが、一応動くという点では最低限パーツ取り用の役目は果たしてくれそう。パーツ取りのつもりが、蓋をあけたら結局メインのほうがどの部分もずっとマシだった、なんてこともあります。大枚はたいて、ゴミを手に入れてしまうリスクもあるのです。オークションは運要素が非常に強く、ちょっとおいそれと真似できません。今回の事例はあくまで運が良かったものとお考えください。この記事を見て同じようにパーツ取り用の時計などを用意されるのはご勝手ですが、それでウチに依頼して同じように直らなかったからといって文句を言われても知りません。今回のご依頼主は非常にそのあたりをよくご承知の方で、過去にも当工房にいくつもの仕事をいただいております。今回もダメ元で良いのでというお気持ちと思います。パーツ取り用の時計を出してくださいました。同様の修理を以前にも行っており、今回は私のほうから「もし予備用があれば一緒にお送りください」とお声がけしたものです。そういう信頼関係があってはじめて受付できる内容です。一見様はどこぞの老舗料亭ではありませんが、固くお断りさせていただきます。それ位、リスキーでむずかしいご依頼です。完全に自己責任です。それがイヤなら、おとなしく『すべておまかせコース』で10万払ってください。(笑)

 

それではさっそくはじめましょうか。おもむろに裏蓋をあけます。見た目ではどちらも同程度の感じです。裏蓋をはずした写真だけでは判断できません。

 

両方同時に分解していきます。自動巻ブロックとバランス(テンプ)、針と文字盤まで外したところで、ちょっとした試みを思いつきました。「メイン用のバランスだけをパーツ取り用のムーブメントに組んだら、どんな特性になるだろう??」

 

結果がこれ。振りもでなければ、特性もメチャクチャ。調子がよいバランスだけをとってきてくっつければ良くなるかといえば、ならない。単に2台の時計を分解してアセンブルしただけではダメということを示唆しています。パーツを替えたら、替えた部分の修正なり調整が必要になります。ちょっと時計いじりなんかして、中身をかじった程度の素人などが真似してできるものではありません。高度な技術と経験が要求される作業になります。

 

だからプロのオーバーホールサービスがあるのです。5年に1度のメンテナンスをすすめるのです。今回は特に『どうしてオーバーホールが必要になるのか、経年の使用でどこがどうダメになるのか具体的に数値で示してやろうじゃないの(前回続きより)』と息巻いて取り組んでおります。ここでようやく本題ですね。1/1000mm単位で測定できるデジタル・マイクロメーターの登場です。ミツトヨ製。

 

この素晴らしい機器を使って、まず新品の天真(交換用パーツ)の全長を計測します。驚くべきことに、ピッタリ『3.000mm』です!さすがですね。セイコーは1/1000mmの誤差も許さず、時計の部品を作れる技術があるということです。逆に言えば、このくらいの技術がなければ世界に認められるような時計ブランドたり得ないということ。時計づくりは途方もなく精密な寸法精度が要求されるのです。

 

続いて、メイン用のバランスと、ついでにパーツ取り用のバランスも計測します。ひとつ断っておきます。絶対にこれは真似しないでください。時計師でもバランスをこのようにデジタルノギスで挟むなどというのは至難の技です。一歩まちがうとホゾを痛めてしまいます。普通の人がやっても、良くて「うまくできなかったよぉ」でパーツが無事に済めばいいですが、たいていの人は「ホゾ折れちゃった、、、」となるのがオチですから。トランプカード使って5階建のタワー作れちゃうくらい器用で集中力のない人にはまずムリ。どうしてもやりたければ、万力つかって鉄釘を同じように挟む練習してください。少しでも釘の先が凹んだり、万力のほうに傷をつけてしまうようなら、諦めてください。日本刀の真剣を振りかぶって、肌の皮一枚切れるところで寸止めできるほどの正確さと力加減。その位、自由自在に操れるピンセットワークと繊細さが必要です。

 

上がメイン用のもの『2.995mm』下がパーツ取り用ので『2.990mm』

経年の使用によってホゾの先端が摩耗したものと思われます。これで機械式時計は永久に動作するわけではないことがお分かりになったと思います。アナログレコードのように、使えば使うほど確実にすり減っていくのです。性能を保てる限界があり、寿命があります。5/1000mm程度なら、まだ許せる範囲。1/100mmは、もう目一杯ギリギリ。これ以上さらに摩耗していけばどんどん性能はでなくなって、最終的には動作しなくなるでしょう。少しでも摩耗を抑えるために、ホゾを受け止める石には油を差してやる必要があるのです。そして、その油というのはせいぜい5年くらいしか持ちません。機械式時計の宿命です。

 

新品の天真と並べてみたところ。どう逆立ちしたって、これを見て「うーん、わずかに5/1000mmほど減っている」なんて見て分かる人なんかおりません。ただし、時計師には『アガキをみる』という手法により、手の感覚によりバランスのホゾと受石の間のわずかな隙間を捉える技能があります。バランスを受けに組んだ状態で、さぐり棒やピンセットなどを用いてバランスを上下させ、そのとき指先に伝わるわずかな動きによって隙間の量を知ることができるのです。訓練次第ですが、トップクラスの腕前になると1/100mmの差は確実に分かるようになります。(私はこのレベル)さらに上には上がおります。日々の鍛錬というか、まあ作業を漫然とやるか集中してやるかでも差がひらくでしょう。私も自分はまだまだと、ひたすら道を極めるの途上におります。時計師の世界に終わりはありません。

「おっ、このテンプのアガキは3/100mmってトコロだねぇ〜。まあまあだな。」「むっ、この2番車のアガキは7/100mmはあるな〜、ちょっと多いかなぁ?どれどれ直して進ぜよう〜」などと独りぶつぶつとつぶやきながら、今日も仕事をしているわけです。

「たかが、1/100mmでしょ?それだけすり減ったとか、調整が狂ったとか、そんなもんで性能変わるわけない。」

そう思ったアナタ。おめでとうございます。アナタはごく普通の人の感覚であり、そのご認識がれっきとした素人であることを証明しております。この世界の住人は、その『1/100mm』で切った張ったをしております。その差はとてつもなく大きいのです。ただ、人に言っても変人扱いされるだけですので、口が曲がっても人前で言わないだけです。プロはそういう世界で生きています。

 

香箱を分解したところ。もう写真のどっちがどっちか忘れましたが、ちゃんと状態の良いほうを選んでおきましたのでご安心ください。いずれにせよ取り出して洗浄しなければなりません。すっかり汚れております。

 

分解も進んで、メイン用とパーツ取り用それぞれを比較しつつ入れ替えていきます。手前側に新メイン用となるパーツを集め、奥のほうにダメダメなパーツを並べていきます。ほとんどがメインのものを続投となりましたが、いくつかはパーツ取り用から採用しました。

 

そのうちのひとつがアンクル受けの石。メイン用のものにはヒビが入っていました。運よくヒビ割れた部分にはアンクルのホゾが接触せず、性能に直結しないこともあります。しかし、そうかといってやはりこれは気持ち悪いですから、交換するのが良いでしょう。無理して使い続けて割れて破片が飛び散れば、アンクルのホゾも無事では済まないですし、破片による2次被害も出るかもしれません。

 

透かしてみると、ヒビがよく分かります。穴の内側に達したヒビの終端が、アンクルの動作支点となるホゾと接する部分から外れていたのが幸いしたようで、アンクルのホゾは無事でした。(アンクル中心と直角に交わる垂線上付近にヒビがあったらタダでは済まなかったと思われる)

 

パーツ取り用のほうから石をはずして交換します。これはパーツ単体としてはもうほとんど入手できないものですから、今回のように同じ型番のムーブメントでもない限りは修理がままなりません。交換用ムーブメントがなく、良心的なところなら「石が割れているので修理できません」と正直に言うでしょうが、日銭が惜しいようなところなら見て見ぬフリして、そのまま使っちゃうかも知れません。あるいは、石と穴のサイズだけがたまたま一致する純正部品ではない適当なものに替えられてしまうかもしれません。例えば金属ブッシュとか。(そういうトンデモ修理がいかにも正しいかのようなダメ修理記をネットでみかけたことありますが、言語道断です。最低でもルビーでなければ長期使用には持ちこたえません)修理代をケチって、とにかく安い店を選ぶと失敗しやすいのには理由があるんです。こういう部分まで真面目にちゃんと修理するには、お金がかかるということが分かると思います。

 

アンクルを組んで、動きや位置を確認します。もちろんここでも『アガキ』をみます。ガンギ車からアンクルを経由してバランスに動力が伝わるわけですが、これらのホゾの縦アガキは教科書的には全て『2/100mm』程度がよいとされています。モノによりけりです。ETAなんかはもっとガバガバで、3/100mmはあり、ひどいのになるとそれ以上だったりします。組み立て調整技術がいかに大切かわかります。ちゃんとした時計師を雇って時計づくりしているメーカーは、仮に同じETAムーブ使っているモデルでも、この辺の調整具合がきっちりしています。何か安っちい価格帯のブランドはいい加減なものが多いです。アガキなんか見てません。流れ作業か何かでテキトーにライン組んで、パートタイマーがおしゃべりしながらやってるんでしょうね。セイコーはまじめな日本のオバちゃん達組み立て職人達がきっちりイイ仕事していたようです。この部分がおかしなものはあまり見たことがありません。1970年ごろですからね?今のようなマエストロ風の時計職人がメーカーのラインにいるわけないですから。テレビや雑誌などメディアで紹介される、例えば雫石でGS作ってる高級時計工房のような作業風景は、よほど後世になってからです。

 

アンクルの上にさらにバランスを仮組みして、お互いの噛み合い具合をみます。アンクルのツメ石をガンギ車の歯が押して、その力でもってテンプの振り石を弾き飛ばす。そのエネルギーによってテンプはシーソーのように左右に回転往復運動を繰り返します。そのテンプのもつ固有の周期により、カチコチとアンクルのツメ石とガンギの歯が一定のリズムをもって時を刻む仕組みです。まさにこれが時計の刻音となります。ガンギ車からはアンクルを通じて動力エネルギーが伝わり、テンプからはアンクルを介してガンギ車の回る速度を調速させる制御が働きます。このフィードバックのタイミングを緩急針などで調速してやるわけです。それにしてもよく考えたものだと思います。

 

アンクルのハコとガードピンが、テンプの振り座の振り石およびクレセントに正しく噛み合う(高さがあっている)ことを確認します。まだまだ、これは序の口で、さらにガードピンとクレセントの安全作用が正しいかどうか剣先アガキをみたり、振り石とアンクルのハコの隙間であるハコ先アガキも、、ぶつぶつぶつ。(専門的すぎてすみません)

アンクルの受け石を替えるだけで、こーんなに色々なところを確認・調整しなければなりません。どこか少しでも適正でないと、時計は正しく動きません。止まりや異常な動作の原因となります。ただポンと替えただけじゃだめなんです。1/100mm単位で、少し高さを増やしたり減らしたり、位置をずらしたり、磨いてみたり、削ってみたり、曲げてみたり、伸ばしてみたり、、、、ありとあらゆる技と方法を駆使して、理想の動作へと導くのです。

 

このような修正・調整作業がひと段落したところで、メイン用パーツを再び完全に分解し、洗浄を行って、パーツケースへと収めます。ただ洗って組み立てて注油するだけなら、学校あがりの新人君でもできます。そうでないところに時計師の技とノウハウがあるのです。

 

メインはひとまずまた明日。残されたダメっ子たちを先に処理してしまうことに。

 

パーツ取り用のほうは悪い組み立て見本として、洗わずそのまま油だけ差してハイおしまい。油の垂らし方もいかにも雑っぽく、わざといい加減な職人のやりそうな感じを再現。(何が狙いなのかはのちほど分かります)

 

ムーブメント本体も洗わずに、はじいたパーツをそのまま組み立て。ホゾだのなんだの汚れが溜まったまま、その上からさらにこちらも油だけ足してみる。

 

ベースの測定(全巻き)

テンプの調整も何もしておりません。バラしたパーツをそのまま組んで、申し訳程度に油差しただけです。平姿勢でゼロ付近になるよう緩急針だけいじりました。すると、ご覧の通り縦姿勢は−20秒とぜんぜん合ってくれません。

 

ケーシング後(全巻き)

ところが。自動巻ブロックまで全て組んでケーシングしたら、アラマア不思議!振りは一気に200°を超えて、どの姿勢も220以上出ています。歩度も縦と平で差がほとんどなく、±3秒以内に全部はいっております。素晴らしいじゃないですか。「お待たせいたしました。おいくら万円でございます。」

ああイヤだイヤだ。そんなサービスするようになったらおしまいだ。時計師なんかやめちまえ。生活保護もらってパチンコでも行って酒に飲まれて死んでしまえ。(男のダメパターンって何で同じなんだろう、、)

ですから、歩度測定器なんてものは信用しちゃあいけないんですよ。アトリエ・ドゥではお客を信用させるために測定データを写真付きで公開しているなんて、チープな理由に思われたくありませんので、ここで正直に告白しておきます。当工房ではあくまで客観的データの裏付けの一環で特性を公開しているにすぎません。大切なのはデータではありません。どのようにしてそのデータを得るに至ったのか、内容の実態のほうが重要です。プロが本気だしたら、何も知らない素人をちょろまかすことなど、いとも簡単なことにて。それで果たして商売成り立つかといえば、そういうものはいつかボロが露呈して綻びます。信用を失うことが、もっとも恐ろしいことです。

 

ダメっ子のダメダメ修理を正確に再現してみました。

残念なことに、こういう修理がいまだに一部で横行しております。ろくに分解もせず、洗浄も行わず、油も差すというより垂らしていたり種類が間違っていたり、、。乱雑な作業ぶりが明らかな時計がしばしば私のところにも回ってきます。

人間という生き物は、良くもなれば悪くもなる。なにかの小説で読んだ受け売りながら、最近しみじみとそう思うようになりました。

私は運が良かったのか何が良かったのか分かりませんが、良く努めようとしているときの自分が好きです。そして、そういう仕事ができたときが一番幸せに感じます。いつまでもこのようにありたい。

 

さあ、いつものように参りましょう。マンネリと言われようがなんだろうが、これが最高の仕事だと信じておりますので、毎度ながら香箱ゼンマイの洗浄と再注油です。飽きもせずWOSTEP直伝の5点差しを忠実に守ります。「こんなに綺麗にケーキのデコレーションじゃあるまいし、特性はどうせ同じだろ?」それは悪魔のささやきです。耳を貸してはなりません。

 

二番車を組み立てます。ちなみに一番車というのはなくて、それはゼンマイの入った香箱のことを指します。動力発生源から順番に1番〜5番まで増速輪列が続きます。5番はガンギ車となるわけです。

これはパーツ取り用ムーブから替えました。カナの部分にサビのような跡があるので、万全ではなかったのですが、ホゾの部分はメイン用のやつがすり減っていて、どちらのパーツを選ぶか少し迷いました。結局、ホゾが健在でピカピカだったパーツ取り用のものを採用しました。

 

香箱たる1番と2番車はこのように噛み合います。カナの部分だけが錆びる理由ですが、おそらく過去の修理で香箱をきちんと洗わず、しかも素手で扱ったりして歯先に手垢や油汚れがついてしまった。それをそのまま組んで、ぐるぐると。あっというまに歯全体に汚れが行き渡って、それが酸化して錆びるわけです。ちゃんとやっていれば、カナだけこんなにサビたりしないんです。

 

こちらは2番受けです。穴石の一部(写真では上部10時〜11時位置)に同心円状にキズのようなものが見られます。これは、2番車のホゾがこの部分に強く当たって、長い動作年月により削り取ったため生じたものです。そんなバカな!鋼鉄より硬いルビーが削られるだなんて、とお思いでしょうか。水がコンクリート床に穴を開けるのと同じ理屈です。どんなに強いものでも、一箇所に力がかかりつづければ侵食を起こします。

 

6155は10振動です。そのため、強力なゼンマイが使われており、2番車には香箱のトルクエレルギーが一番強くかかります。そのため、2番受けの石は減りやすく、今回は2つのムーブメント両方とも似たような状態。こういう場合はどうするか。パーツ替えができないときは、石の位置をずらしてやります。

 

HORIAの穴石調整器を使います。先のアンクルの受け石もこれで取り外しと再調整を行いました。石の大きさは使われる場所やモデル毎に全部異なっていて、2番受け用ならどのブランドやメーカーでも同じというわけではありません。ただ、同じセイコーのムーブメントには異なるキャリバーで共通して使われているパーツというものもあります。(逆に同じ系列のキャリバーでも末尾にaがつくかbがつくかで全く違う仕様のパーツだったりして、非常にややこしいことになっていたりします)

実は、セイコーのパーツ事情について、こういった事を教えてくれたのは今回ご依頼の依頼主様だったりします。オールドセイコーに関する知識など造詣が深く、私のほうが勉強させていただくこともあるわけです。あんまりシロウトシロウト言って一般の方を軽くみないほうがいいですね。謙虚さも必要です。(苦笑)

 

調整器のヘッドはマイクロメーターのようになっており、1目盛り絞ると1/100mm押し込むような仕組みです。石をどの深さまで押し込むかは、先に触れた『アガキ』をみながら決めます。2番車と受け石の間には、わずかな隙間がないと動作してくれません。差した油が回り込むためと、動的に位置が変化するために必要な隙間です。やろうと思えばピッタリに全く隙間のない『ゼロアガキ』という調整もできます。(駆け出しの職人はまずこれを覚えさせられます)取り付けた歯車を上下に動かそうとしても全く動かないが、軸を回せばスムーズに歯車が回り出す状態です。しかし、そのような調整では油を差しても必要量がうまくまわりこまず、逆に摩擦抵抗が増大して、組んだ最初だけは動きますが、やがて数日も使わないうちに時計は止まってしまいます。アガキは少なければいいってものでもないのです。もちろん大きすぎればパワーロスとなり、それも動作に悪影響しますから、適正な量に収めなくてはなりません。ここは教科書では5/100mmですが、モノの状態により加減が必要なこともあります。マニュアル対応しかできない人はこの世界向いてません。これからの人材は応用力と修正能力だなあと思います。こんな時計修理の世界であっても、それは言えると思います。ちょっと日本の教育は全体的に知識偏重の傾向が強くて、それが人間形成に影響しているような印象があります。なんかそういう人、多くないですか??

 

今日は無駄話多すぎですね。絶口調。(苦笑)

2番受けの石は、ご覧のようにキズがあった場所を180°位置をずらして取り付け直しました。もちろんキズがないに越したことはないのですが、実用上はこれで十分問題がありません。ゼンマイを巻くとほどけようとする力がトルクエネルギーになりますが、それが2番車を回そうとするとき、一番力がかかる場所は決まってくるわけです。まんべんなく石全体がすり減るのではなく、このように特定の部分に力がかかります。時計師はエネルギーがどの部分にかかるのか、パワーのベクトルを読み解く力も必要になります。おバカな職人はこういう力が足りません。それが実力差になってくる場合もあるのです。

 

 

さあさあ、香箱はどっち向きに回転するのかな?2番車はどうかな〜?

こういう時は2番を軸に考えればすぐわかります。2番車には筒カナ介して分針がつきますから、1時間に1回転時計回りに回ると決まっております。これは裏側からみた図ですから、答えは「ハイ、香箱は時計回り、2番車は逆時計回りに動きます」が正解。

この写真でみる場合は、ちょうど北西の方角(10時半)に向かって力が働いている、と読めます。ちょいと高度なお話でした。

 

あとは全部おなじ話。歯車が増えていっても、ひとつひとつを部分的に丁寧にみて解析していけば、この歯車の石はこの部分、お次はこっち、と力のベクトルが見えてくる。ただ漫然と組んでいては一生みえてこない力の流れがそこにある。どこにどういう力がかかって歯車が動いているのかが『見える』なら、あとはその部分を重点的にチェックすれば、自ずと対応も決まってくるし、優先順位もできてくるわけです。

 

ベースムーブメントの完成。超高速でブン回るテンプ。アミダは映らず。

 

ベースムーブメントの測定(全巻き)

左上)文字盤上 振り角 258° ビートエラー0.0ms +001 sec/day

右上)文字盤下 振り角 251° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 232° ビートエラー0.1ms +008 sec/day

左下2)12時下 振り角 235° ビートエラー0.2ms +007 sec/day

右下3) 3時上 振り角 231° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

右下4)12時上 振り角 233° ビートエラー0.1ms +001 sec/day

ダメダメ調整と比べれば差は歴然。自動巻ブロックの力を借りない“素”の状態であるベースの特性をみることは、意味があります。ありとあらゆる調整と技を駆使すれば、かなりの性能を回復させることができます。それでもやっぱり経年の劣化には勝てない部分もあります。あくまでも時計の機械そのものの状態に依存するところが大です。時計師のできることは、限られたポテンシャルを少しばかり引き出してやれるかどうかにすぎません。

ムーブメント2つを使ってもこの程度とみるか、少しでも可能性に魅力を感じるか。それはご依頼される貴方様次第ということになるでしょう。

 

続いて自動巻ブロックの組み立てです。右がパーツ取り用。左がメイン用。

表を一見すると、メイン用のほうがなんとなく汚く、傷も多い。製造番号からしても古いことがみて取れます。ところが、裏側をひっくり返してみると、、、。

 

マジックレバーの軸が収まる中心の部分にご注目ください。製造が後年式のパーツ取り用のほうは、すっかりすり減って形が変形してしまっています。ここが重要な部分ですから、これは表の見た目どうこうに惑わされずメイン用のほうを続投させます。

 

文字盤と針をつけて、ケーシングします。自動巻ローターは最後の最後に取り付けします。いやあ、普通にムーブメント2台をオーバーホールするほうが、ずっと楽で早くできますよ。正直、2台分の料金ではちょっと割りに合わない。しかし、これはもうお金ではないのですよ。

私に儲けさせてやりたい。そんな奇特な方の『すべておまかせコース』ご依頼お待ちしております。今回のご依頼主も、自前でパーツ取り用ムーブメントを入手されてはおりますが、結局トータルの費用をみればピッタリ10万円かかってます。(末尾の参考価格を参照)少しでも安くしたいお気持ちも分かります。ですが、複数台のムーブメントから1つの理想ムーブメントを組むことは、とても予算のかかることだと、今回の事例のご紹介でつまびらかになったのではないかと自負しております。どうぞご参考ください。

 

最終特性

左上)文字盤上 振り角 250° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 245° ビートエラー0.0ms +006 sec/day

左下1) 3時下 振り角 240° ビートエラー0.1ms +006 sec/day

左下2)12時下 振り角 227° ビートエラー0.2ms +001 sec/day

右下3) 3時上 振り角 239° ビートエラー0.0ms +002 sec/day

右下4)12時上 振り角 240° ビートエラー0.1ms -001 sec/day

自動巻きブロックをつけると、常に巻き上げトルクが香箱エネルギーに加算されるため、振り角はあがりやすいという特徴があります。しかし、この事例ではあまり変化してませんね(むしろわずかに振りは弱くなったように見えるが、測定誤差の範囲)先のダメダメ修理はここで鮮やかに化けました。つまりそれは見てくれだけの特性です。素の裸特性が良くないと、完成時の測定値がよくても実際に使ってみるとボロがでます。ベース特性と最終特性に大きな差がないもののほうが良いのです。そういうものは、実際に使った時の性能も測定値により近いものとなります。(全く同じということはありません。)

 

完成

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【61GS SPECIAL(6155-8000)】
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□オーバーホール料金 自動巻  ¥ 20,000
□追加パーツ費用
 ・部品取り用ムーブメント(持ち込み参考費用:¥55,000)
□その他
 ・特別費用:複数台ムーブメント組み上げ ¥20,000
 ・研磨サービス 洗浄のみ  ¥ 無料
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合計金額 (参考価格)     ¥ 40,000 (¥ 95,000)

 

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