SEIKO: Load Marvel 36000 cal.5740C

オーバーホール事例;セイコー  “ロードマーベル”(東京都H.K.様ご依頼品)

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ロードマーベル 36000 は、1967年に国産初の10振動(毎時36,000振動)時計として、セイコー(諏訪)より発売されました。大卒初任給が3万円に届かない時代に、1万数千円もしたそうですから、今の物価に換算しても10万円に近い中堅クラス以上の高級時計です。今回のご依頼内容はオーバーホールとライトポリッシュです。

 

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最初に分解前の歩度測定です。約−50秒から−80秒(Δ30秒)と全体的に遅れている状態です。ビートエラーも若干出ていますが、振り角は最高で190°程出ており、どうにかオーバーホールのみで回復が見込めそうです。

 

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分解を行なって、パーツを洗浄したところです。注油は輪列のホゾの受け石をはじめ、ほとんど乾ききっていましたが、幸いサビも見られず、交換が必要になるパーツも見当たりませんでした。

 

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香箱に新しい油を注油したところです。(写真上)ゼンマイの外端が香箱の内周に沿っておらず、少し隙間が開いています。おそらく過去にゼンマイ外端が切れてしまい、補修したためと思われます。10振動のゼンマイは香箱の大きさに比して厚みがあり過ぎるため、切れやすい傾向があります。強いトルクに耐えられるよう、受けや香箱にまで石が使われています。(写真下)なお、10振動の時計は今回のものに限らず、かなり特殊な規格のゼンマイが多く、代用品は入手が困難です。

 

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これは2番車です。香箱の歯車と噛み合って動作するカナの部分を拡大すると、上部のホゾの側面にわずかに溝ができてしまっています。油が切れた状態で無理に動作させると、このようにパーツを痛める原因となります。しかし、この程度であればホゾを研磨してやれば再利用が可能です。それにしてもカナの部分はピカピカに研磨されていて、現行品では見られないガンメタルの輝きを放っています。相当に鋼材も硬くなければ、とっくに強力なトルクに負けてホゾが消失していたでしょう。

 

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続いてテンプの調整を行ないます。いろいろな角度から眺めて、ひげぜんまいが水平になっているかと、ひげの間隔が等間隔のまま内端から外端に向かってアルキメデス曲線を描いているかチェックします。緩急針の間をくぐる外端曲線の部分も、緩急針を動かしてみて、ヒゲ棒の間をひげが左右にぶつからずに真ん中のままであるように調整します。

 

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続いてムーブメント本体の組み立てです。2番車と裏回りの巻き上げ機構から始めます。(写真左上)次に、輪列を香箱からガンギ車まで乗せていき、(写真右上)香箱受けと輪列受けを組みます。(写真左下)コハゼ・丸穴車・角穴車と組み、ザラ回しをしてアンクルまで組み上がりました。(写真右下)

 

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各部への注油を施し、最後にテンプを組んでムーブメントの完成です。シンプルながらも、各パーツは生真面目な作りで丁寧に仕上げが施されており、好感の持てる機械です。かつてスイス製など舶来品のコピーをするのがやっとだった国産時計が、とうとう自前の製品でスイス製と肩を並べるまでに至りました。しかし、わずか2年後にセイコーは世界初の水晶(クォーツ)式腕時計の発売にこぎ着け、機械式時計は歴史の表舞台で主役の座からいったん降りることになります。

 

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ムーブメント組み上がり直後の特性を測定します。

左上)文字盤上 振り角 209° ビートエラー0.0ms +023 sec/day

右上)文字盤下 振り角 215° ビートエラー0.0ms +023 sec/day

左下)  3時下  振り角 175° ビートエラー0.0ms +054 sec/day

右下)12時下  振り角 167° ビートエラー0.0ms +037 sec/day

平姿勢で振り角は210°前後まで出ていますが、縦姿勢では170°前後と、40°程の差があります。歩度はまだ合わせ込んでいませんが、Δ30秒の差は分解前の測定と同じで残ってしまいました。テンプの調整は入念に行いましたが、こういう結果の時もあります。

 

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これはアンクル(脱進器)を取り付ける部分のドテと呼ばれる2本の柱ですが、右側のドテピンが傾いてしまっています。(写真上)これを修正して、ドテピンが平行になるように正しく直しました。(写真下)実は組み立て時に気がついていたのですが、何らかの理由で過去にドテピンの間隔が意図的に広げられた可能性を考慮し、まずは先に測定を行いました。結果が思わしくないので修正することにします。なお、ドテピンは太く頑丈で、ちょっとやそっとの力では曲がりませんから、余程の理由がない限りは普通はここの間隔をいじったりしません。(本来ツメ石調整すべき所を面倒くさがってドテピンで済ませようとする乱暴な修理が古い年代に横行していたようで、時折みかけます)

 

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再び測定してみます。

左上)文字盤上 振り角 208° ビートエラー0.0ms +008 sec/day

右上)文字盤下 振り角 212° ビートエラー0.0ms +010 sec/day

左下)  3時下  振り角 200° ビートエラー0.1ms +036 sec/day

右下)12時下  振り角 205° ビートエラー0.1ms +010 sec/day

結果は立て姿勢時の振り角増大となって表れ、修正前の170°から、200°まで30°も改善しました。歩度の姿勢差はΔ30秒のままですので、本来ならもう少しなんとかしたい所です。しかし、脱進器・調速機構ともに私に出来ることは全て行ないました。やはり10振動の時計ですから、発売から約半世紀という時間の流れには勝てず、摩耗などによりテンプの天真のホゾをはじめ、パーツが全体的に劣化してきている影響なのかも知れません。(単純計算でも5振動の時計の2倍以上の速度で劣化します)

 

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ムーブメントは一応の完成として、文字盤と剣付けに進みます。36000の表示に、初々しさのような、まるでテストで100点を取ったときのやんちゃ坊主が、「してやったぞ」と得意満面の笑みでいる様子が浮かんでくる気がします。

 

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いよいよケーシングです。しばしのお別れ。また会えるかな?その日まで元気で動き続けてこいよ。いろいろな思いがこみ上げる瞬間です。

 

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最終特性

左上)文字盤下 振り角 211° ビートエラー0.0ms +000 sec/day

右上)文字盤上 振り角 205° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 192° ビートエラー0.0ms +030 sec/day

左下2)12時下 振り角 196° ビートエラー0.0ms +013 sec/day

右下3)3時上 振り角 197° ビートエラー0.0ms +000 sec/day

右下4)12時上 振り角 196° ビートエラー0.0ms +020 sec/day

全姿勢差Δ30秒は結局残りましたが、無理して自分の能力以上の調整を行なおうとすると、かえって部品を痛めたり壊したりします。今回は潔く自分に出来る調整の限界を認めたいと思います。

 

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完成。

今回のサービス料金:オーバーホール(手巻き) ¥15,000

 

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