zenith: el primero400

ゼニス: エルプリメロ 400

ゼニスのエルプリメロです。1969年の誕生以来、ベースのキャリバーは一貫して同じ設計が採用され続けており、今回のcal.400のムーブメントは最もベーシックとなるモデルです。これは70年代頃に製造された最古に近いモデルと思われます。エルプリメロは現在製造されている現行品にもこのcal.400と同じものがベースになっており、カレンダー機構やパワーリザーブ、ムーンフェイズを追加したものなど、多岐のバリエーションを持ちます。ロレックスのデイトナにも長年に渡ってこのキャリバーが採用・供給されていた歴史があり、評価の高い機械のひとつです。今回は巻き上げはできるものの時刻合わせができないとのこと。さてどこに不具合があるでしょうか。

 

分解前の測定です。振り角が平姿勢で230°出ており、遅れも最大で−10秒程度と少し本調子でありませんが、ベースのムーブメント本体には大きな問題はなさそうです。

 

時計を分解していきます。バックルの留め具のピンが頭の取れてしまった状態だったため、新しいリベットピンに交換します。

 

写真上が交換前/下が交換後

 

裏蓋のガスケットもヘタリ気味だったため、こちらも交換することに。

 

ケース内部のようす。一見するとそれほどダメージを受けているようには見えません。

 

しかし、よく見ると切替車の周囲に赤錆のようなものが。

 

さらに切替車を分解したところ。受けにまで飛ぶほどサビが出ていました。これはもう交換しなければ本来はダメです。パーツ代金24,000円の見積もりがご予算ギリギリとのことで、今回はサビ落としパーツ補修の一部として対応することに。ただし、この場合は巻き上げ効率が本来の性能から劣ったものになる恐れがあり、その点はご了承いただくことになりました。ゼニスのパーツは高価です。

 

香箱の内部まですっかり油が乾いて汚れのみが目立ちます。

 

こちらは巻き上げ機構を分解途中のようす。裏押さえというパーツの足が折れていることが判明。これによりリュウズを引いてもオシドリを規正することができず、時刻合わせができなくなっていました。

 

ゼニス純正パーツと交換します。表面の仕上げが違うため色味が異なって見えますが、どちらも純正品です。以前にロレックスのパーツが色味が違うことでジェネリック品であることを疑った事例がありましたが、あれは鉄の質感も加工品質も相当に違っていました。

 

つるくびの根元が折れているのが分かります。

 

パーツを分解しきったところ。エルプリメロはかなり細かいパーツが多く、分解するだけでも大変です。

 

ケースもクロノグラフプッシャーを分解して清掃します。今回は洗浄のみですが、ご覧のように緑青や汚れがスッキリと落ちました。やたらと研磨したがる方も多いのですが、ご自身でお使いになるなら洗浄のみで十分だと思います。研磨などしても、使ったらまたすぐに傷がつきますから。クロノグラフを研磨する場合は、ここからさらに分解したりパーツ交換したり、余計に費用ばかりかかります。そこに金かけて10年も20年も壊れるまで使い続けるより、定期的に5年に1度メンテナンスに出してケースは洗浄のみで済ますほうが絶対に安く長く使えます。研磨はやればやるほど形がくずれて格好悪くなります。それに壊れてから時計屋に持っていっても断られるか、莫大なパーツ交換費用がかかるか、どちらかです。古い時計ほどそうなります。コツはこまめにオーバーホールに出すことです。修理は1回だけで済まそうとかセコイ考えの持ち主ほど、結局時計をダメにして高くつくことになります。

 

今日は疲れたので洗浄したパーツはケースに収めてしまいました。こういうパターンもあります。

 

クロノグラフなどは時間がかかるので、1日で終わらないこともよくあります。そういうときはこのようにパーツはケースに入れて仕事仕舞いです。また明日。

 

日が明けて、綺麗にまっさらなパーツを組み立てて注油します。香箱もゼンマイもピカピカです。

 

テンプのひげぜんまいの具合を調整します。集中力が必要ですから、エネルギーを使い果たして無理に作業しても、よい仕事はできません。リフレッシュした後にやるのがよいです。少しでも体調が悪かったり、気分が乗らないときは、全く仕事は休んで別のことをするようにしています。会社勤めのときはそういうわけにはいきませんでした。今は青天井に自分の好きなようにやれますので、江戸時代の職人さんの生活を参考に、週に3日仕事やったら4日遊ぶくらいの勢いで。いやいや、冗談ですよ。(案外ホントだったりして)

 

巻き上げ機構を組んでいきます。新しい裏押さえも、もちろんピッタリです。今度はちゃんとレバーがオシドリのピンを規正できています。

 

続いて表輪列です。幸い、サビまみれだったのは切替車のみで、その他のパーツには重大な転移も見受けられず。スイスイと進みます。

 

クロノグラフランナーへのカップリングまわりまで先に組んでしまい、テンプを組み付けたところでベースムーブメントの完成です。

 

ベースムーブメントの測定

左上)文字盤上 振り角 260° ビートエラー0.0ms +008 sec/day

右上)文字盤下 振り角 261° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

左下) 3時下  振り角 230° ビートエラー0.1ms +006 sec/day

右下)12時下  振り角 220° ビートエラー0.1ms +001 sec/day

振り角は平姿勢で260°、歩度も主要4姿勢で全て0〜10秒以内に入っており、優秀です。

 

続いて、クロノグラフ機構の組み上げに進みます。

 

問題のサビまみれだった切替車ですが、すっかりサビが落ちて、一見すると使える状態のように見えます。しかし、摩耗などで磨り減った分は予想以上に巻き上げ効率の低下を招きます。まあ、今回は手巻き時計だと思っていただくほかありません。自動巻きとしての機能はあまり期待ができません。それほどに切替車は重要なパーツであり、常にベストな状態でなければ正しく機能しないのです。

 

自動巻ローターまで組み上げたところ。やはりローターの回転がしぶく、(切替車の動きが邪魔しているため)本来の滑らかな回転とは程遠い印象。普通に身につけていたり、ワインダーにかけているだけでは十分に巻きあがらず、やがてゼンマイがほどけて止まると思います。お使いになるときは目一杯手巻きしてお使いください。本当は切替車に負担がかかるので、自動巻時計の手巻き使いは良くないのですが、今回ばかりは例外です。その当の切替車がそもそもオジャンなのですから。お使いになってみて、やっぱり自動巻きをもっと良くしたいとなったら、次回以降のメンテナンスで改めてパーツ交換をご検討いただければと思います。(時価ですから今回と同じ見積もりで出せるか分かりませんし、そもそも必ず入手できるとは限りません。正規の修理業者と違って流しのツライ所です。)

 

続いてカレンダー周りの組み立てです。400のオーソドックスなカレンダーは、ご覧の通りディスクタイプです。これをさらに発展させたビックデイトのモデルや、パワーリザーブのついたモデルもあり、もちろんアトリエ・ドゥは全てのエルプリメロに対応できます。

余談になりますが、これは工房主である私が二年間以上に及ぶ上海出稼ぎ修行という荒業により、ついにはwatch repair specialist なる肩書きに祭り上げられ、現地のしょぼい技術者が対応できない高級機ばかりを一手に引き受けていた経歴があるためです。ゼニスはエルプリメロのほか、エリートもほとんどのタイプを経験してこなせます。ジャガールクルトのレベルソなんかもほぼ全モデルやったと思います。フランクミュラーは香港アジアパシフィック地域総代理店の下請け修理を私が一人で専属担当していました。一時ではありますが、中国中の全ての正規修理を私が担っていたのに等しいです。ジラールペルゴに至ってはスイス本社へ出向させる代わりに将来は香港専属勤務の話を蹴って、ピンボケした時代感覚の老職人ばかりが幅をきかせる日本に帰って参りました。この経験があるからこそ今はフリーで好きなように商売やってるわけです。

 

余談がでているうちに、いつのまにか剣付けです。年代を感じさせるデザイン。

 

ケーシングまできました。切替車だけが少し不本意なコンディションとなってしまいましたが、そのほかの部分は現行品とほとんど変わらない高いレベルを維持できていると思います。改めてエルプリメロは凄い機械だと思います。久しぶりにこのキャリバー400を手入れさせていただき、ふと上海時代の無茶ぶりな日々を思い出しました。あの頃は毎日のようにこの機械と格闘してましたが、日本に帰ってきてからはさっぱりですねえ、、。(なぜか日本ではあまり見ない。seiko の10振動はよく来ますが。)

 

最終特性

左上)文字盤上 振り角 280° ビートエラー0.0ms +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 277° ビートエラー0.1ms +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 260° ビートエラー0.0ms +009 sec/day

左下2)12時下 振り角 259° ビートエラー0.2ms +000 sec/day

右下3) 3時上 振り角 256° ビートエラー0.2ms +001 sec/day

右下4)12時上 振り角 249° ビートエラー0.0ms +005 sec/day

ご覧の通りです。現行品の新品にはさすがに一歩及ばないかもしれませんが、とても70年代に製造されたものとは思えない性能で、バリバリの現役です。同じ時期に作られた国産の10振動では滅多にこんな性能は出ません。何が違うのだろうと、いつも考えさせられます。私はどの時計が相手でもいつも全く同じように仕事をしているのですが。

 

完成

今回のサービス料金:オーバーホール(クロノグラフ) ¥30,000

交換パーツ費用:ゼニス純正 裏押さえ  ¥12,000/切替車  ¥24,000

ガスケット  ¥500 / リベットピン補修 ¥1,500

外装研磨サービス:洗浄のみ

ブログ掲載オプション:¥5,000

合計:¥ 49,000 (¥ 73,000)

 

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