クスノキと私

植え替え直後:2018年秋ごろ

この投稿は工房主のよもやま話です。時計修理とは関係がありません。

去年の10月に千日紅の下に育っていたクスノキを庭の真ん中に移植した。これが後々、私のライフスタイルを一変させることになるとはこの時は思いもしなかった。芽が出て来たのは2018年の春。2017年の夏に生家の母屋は取り壊された。すっかり土だけになってその年には何も生えてこなかった。年が明けて春が来て、草が生えて来たなあと思っていたら、あっという間に雑草だらけになってしまった。草取りをしている途中で、明らかに草ではない木の芽をみつけた。それがこのクスノキだった。最初は名前すら分からなかった。土地を更地にする前には庭にツバキだの何だの私の親が植えた木が何本かあり、種がどこかに残っていて、そこから育った木だろう位に思っていた。進学を機に上京して以来20有余年。これまでは東京や上海など大都市のマンションばかりをひとり暮らしで、庭など持ったことがない。


増築完成時:左端に千日紅の一部がみえる

母屋の隣には間取りが15畳+6畳ほどの小さな離れ屋があった。千日紅は離れの敷地に植わっており、これだけは伐らずに残しておいたものである。その下の更地になった部分とのちょうど境界あたりにクスノキが生えてきたわけだが、今ならそれが近所の公園にそびえたつクスノキの子孫であることが容易に推察できる。千日紅を宿り木にしているヒヨドリなど小鳥たちの糞から生えたに違いない。自分で庭の草取りなどするようになって、ずいぶん自然を観察するようになった。それまではガーデニングなどには全く興味はなかったが。経験不足だったせいで、植え替えたクスノキは活力を失ってしまうことになる。


移植から約半年後:2019年春ごろ

両親はこことは別の土地にセカンドハウスがあり、景色がいいというので移り住んでしまい、今は家族の誰も住んでいない物件だった。売りに出したこともあるが、結局買い手はつかなかった。母屋の敷地と庭だけで90坪ほどあるが、離れ屋のほうまで全部含めると170坪近くある。バブルの頃に買い増した土地の上に離れを建てたものだから、通常の家2軒分の広さがある。豪邸というほど立派でもなかったが、平均的な家屋と比べると中途半端に広い。その後の景気の失速ぶりをみれば需要がないのは明らかだったが、両親はともにその手の知恵が足りず世事に疎い。彼らが土地屋敷を得られたのはひとえにも二重にも両方の祖父母のおかげだ。とくに離れ屋は母がピアノ教室をやるためだけに祖父が娘可愛さで建てたもので、バブルの面影が随所に残る、小さくとも瀟洒なつくりで私は気に入っていた。これを私が普請して大工さんに来てもらい、キッチン・風呂トイレなど10畳分ほど足して住みやすいように増築して住んでいる。バブル期仕様の木材などが今では入手難で、結構な散財になった。国産のヒノキや松の上等なものが使われている。当初の施主である祖父はすでに他界した。生きていればきっと喜んでくれたに違いない。じいちゃん、ありがとう。


枯れてしまった初代クスノキと新しく仮植えした芽:2019年4月ごろ

芽をみつけた当時は何の木だか分からなかった訳だが、大きくなれば分かるだろうと安易に考えて、その芽だけは取らずに残しておいたものだ。それがひと夏でこの大きさにまでなった。空梅雨で6~8月まで晴天続きで、記録的な猛暑続きだった年のせいだろうか。葉の特徴などからネットで調べ、クスノキであることが判明した。暖地性の植物で茨城県は自然に自生する北限とされている。(福島県にも一部で自生しているが、太平洋側の南端にあるいわき市でのみわずかに見られる程度である)

クスノキの植え替えの適期は五月ごろだと知ったのも、色々と育て方などを調べ始めた後だった。せっかく育ったものを時期ややり方が悪かったためにわずか半年で枯らせてしまった。不甲斐ない思いがする。だが、ここで諦めるのはまだ早い。幸い、去年の秋頃に芽吹いた別のクスノキの芽も摘まずに残しておいた。よし、こうなったら絶対にクスノキを育ててみせる!私はなぜかそう思ってしまった。こんなに情熱が湧き上がるのは、機械式腕時計のこと以外ではめずらしく、久しぶりのことだ。あとはお茶を飲んでタバコをくゆらし、茶器のコレクションを愛でるくらいしか趣味のない男である。


土作りして本植えしたクスノキの幼木:2019年5月ごろ

枯れてしまった先代クスノキの隣に移植した芽が順調に育ってきたので、5月の連休のうちに本植えすることにした。今年は令和元年。まさに新しい時代の夜明けと共に再スタートした。土を深くまで掘り起こし、腐葉土や堆肥などで土壌改良した。枯れてしまったクスノキはやはりその後芽を出すことはなく、そのままにしておくとカビや細菌、害虫などの温床となるらしいので処分した。苗木の植え替えには根を傷めないよう細心の注意も払った。種から育つクスノキには太くまっすぐな直根がある。これを切ってしまうと時期によっては枯れてしまう。普通は常緑樹一般について、幼木ほど移植は楽だと言われるが、クスノキだけはどうも例外らしい。クチクラ層というものが発達して、幹などに栄養が蓄えられる成木になるほど移植しやすくなるのだという。移植により根などが切られても、そこから新しい根をだすための養分がクチクラ層から供給されるためである。幼木のうちにはそれがないため、移植は木にとって大変な負担になってしまう。とくに根を失うことは致命傷になる。何もかも知らないことだらけだったが、こうした知識もどんどん身についてくる。さあ今度こそ枯らせないぞ。


順調に新葉をふやすクスノキの幼木:2019年夏ごろ

梅雨に入る前に草取りをして、クスノキのまわりの地面にもマルチングとして杉皮を細かくしたチップをまいておいた。梅雨明けして8月になった頃にさらに新しい葉が芽吹いてきた。ライトグリーンの若葉がみるみる成長していき、日毎に大きくなってゆく。毎日の観察が一番楽しくて、色々な発見があった。それにしても草の勢いがすごい。きれいに取り除いたと思ったら、すでに写真のような有様。次から次へと生えてきて、うっかりするとクスノキが隠れてしまうほどに繁茂する。恐るべし雑草たち。さすがに8月中は体力の消耗が激しすぎるため、草取りは断念する。仕事のほうに精を出すことにした。


枝ぶりも良く葉も青々と育つクスノキ:2019年秋ごろ

9月になって草取りを再開するも、一向に進まず。だいたい100坪もある敷地を草刈り鎌一本で一人でやろうとするのは、私くらいのものだろう。大変な労力だが、仕事柄ずっと椅子と机にかじりついており、ちょうどよい運動になる。土に触れて、ゆっくり作業すると色々なものが目に入ってくるし、観察できる。気になるものはすぐに調べるようにしている。例えば知らない昆虫であったり。雑草にも種類があって、生えてくる時期や最終的にどんな姿になるか、芽をみれば分かるまでになる。自然との対話である。近所の人たちは草刈機でブイーンと庭の手入れをしている。私はアレが嫌いだ。もし私も機械で何もかも全部一気に片付けていたら、今とはずいぶん違う未来を迎えていただろう。現代社会に住む人々は時は金なりという人が多い。無駄な時間は短縮して、他のことをするための時間をつくってそれに充てるほうが効率的でよいと。だが、果たして本当にそうか?そういう向きにとってみれば、草刈りはただの労働であり、やらなければならない面倒な庭管理というタスクのひとつでしかない。草刈機を使えば、確かに早く片付くかもしれない。しかし、私がクスノキと出会うこともなかっただろう。豊かさとは何だろうと最近ふと思う。


つづく