機械式時計のオーバーホールとは

〜 機械式時計には5年に1回以上のオーバーホールが必要です 〜

机の上は常に 整理・整頓・清潔に

高級機械式時計は、よく『一生モノ』などと言われます。これは誤解されがちなのですが、はたして手入れなど何もしなくてもずっと使えるものなのでしょうか?

新品で買った時のまま、ずっと使い続けて本当に一生涯にわたって時計が動き続けたとしたら、それは驚異の性能というべきでしょう。ご存知のとおり、機械式時計はゼンマイを動力として、歯車などのパーツ同士がかみ合って動いております。そして、正確な時を刻む道具として役立てるほどの精度を出すためには、常に機械が理想的な動作のできる状態に保つ必要があります。そのためには、定期的な時計のメンテナンスとして、オーバーホール(分解掃除)を行う必要があるのです。目安としては最低でも5年に1回以上行うことが望ましいでしょう。

では、オーバーホールとは何か。どんな作業をしていくのか。それを一緒に見ていきましょう。


【1】 時計の内部ムーブメントを分解する

パーツを痛めないように分解することも仕事のうち

まず、最初に時計のムーブメントをケース本体から取り出して、パーツ1つ1つになるまで分解をしていきます。ネジや歯車はもちろん、パーツを洗浄したり、個別に修理したりするのに支障がない単位になるまで、すべて分解していきます。機械式時計は、少ないものでもだいたい100個前後のパーツからできており、複雑な時計では200〜300個ものパーツで構成されているものもあります。

ひとつひとつのパーツは、とても小さく繊細であり、また非常に精密に作られております。少しでも無理な力を加えてしまったり、扱いが乱雑であると、それだけで変形してしまったり壊れてしまう恐れがあるものです。わずかな変形でも場合によっては時計の性能に重大な影響を与えかねません。そのようなことのないよう、分解作業はもとより、以後のすべての作業においてパーツの取り扱いに細心の注意を払います。


【2】 パーツの洗浄をする

ベンジンカップでパーツを洗浄するようす

分解したパーツは、ベンジンを満たしたカップの中に入れ、ひとつずつ丁寧に刷毛で汚れを落としていきます。ほとんどの汚れはこれで落とすことができますが、サビであったり、古い油が乾燥して固着してしまったものなどは、個別に研磨剤をつけたつまようじや木の棒などを適宜削ったものなどを駆使して下処理・掃除を行います。再びベンジンによる仕上げの洗浄を行うことで、パーツの表面は真新しく製造された時と同じように、ピカピカの状態を取り戻します。


伏せ瓶で時計パーツを保護する

洗いあがったパーツは、組み立て作業のしやすいようにマットに並べます。すぐに組み立て作業を行わない場合などは、パーツケースの中に収めることもあります。いずれの場合もこのように伏せ瓶や蓋ができるようにし、チリやホコリなどが混入しないように保護します。チリ・ホコリのようなものは、時計の動作の妨げとなります。ティッシュ・ペーパーなどを1枚シュっと引き出しただけで、実は大気中に目に見えないほどの繊維クズが飛散しますが、その繊維1本が歯車のホゾに絡みついただけで、時計は止まりなどの原因となるほどです。


【3】 パーツの修理・調整をする

タガネ(ポンス台)は時計師のお気に入り七つ道具

時計は24時間・365日 ずっと動き続けています。これは時計に求められる機能として当たり前のことで、止まってしまうようでは用をなしません。ところが、人間の生活に役立つ数多くある機械のひとつとしてみた場合、これは他に例がないほど過酷な動作条件であり、特殊なものだとみることができます。自動車で同じことをやったらどうなるでしょうか。24時間でも大変なことですが、1年間耐久レースなど聞いたことがありません。その間も時計の歯車はずっとぐるぐる回り続けて、ホゾやホゾが入る穴などは摩耗してしまいます。そうならないように、油をさしたり、摩耗しにくいジュエリー(石)でホゾを受けたりしますが、やはり限界はあります。時計は使用する年月の長さによって、少しずつパーツは摩耗していき、やがて寿命を迎えます。

そのように摩耗してしまって、期待する性能が発揮できなくなったパーツは交換するか、修理によって再びパーツとして使えるように補修する必要がでてきます。ひと口に補修といっても、具体的な方法や手段は多岐に渡ります。ピンセットでちょっとつまんで曲げたりすることをはじめ、タガネとポンス台を用いてハンマーで叩いて金属を展延するような加工であったり、ヤスリなどで削ったり、バイスなどで固定してドリルによる穿孔や、加熱による表面の焼き入れ・焼き戻しなどの熱処理、薬品による化学処理、樹脂や接着剤による固定、などなど、ほとんど新品製造プロセスと変わらないようなバリエーションを持ちます。このため、担当する時計師には特殊な技術・技能と専門的な知識の両方が求められます。


ROLEXの純正ファクトリー・パッケージ

パーツが補修できないほど痛んでしまったときには交換となりますが、時計のメーカーやブランドによっては、交換用のパーツが入手できるものと、できないものに分かれます。ブランドによっては真贋鑑定が厳しく、自社パーツ以外のもの(社外品・ジェネリック)を採用することを認めないことがあります。また、誰でも交換用パーツを入手できるわけではなく、自社の系列サービスセンターや代理店経由などでしか得られないものもあります。また、製造から一定年月が経過したモデルが絶版となり、交換用パーツの在庫などが市場から尽きてしまうこともあります。

パーツ交換はムーブメントの純正パーツが入手できれば、それを使うことが最も安心確実です。しかし、以上のような理由から純正品が入手できず、パーツ補修も難しい場合には、他に残された手段として、退役した同型のムーブメントから同じパーツを抜き取って再利用したり、技術力が高い時計師の場合にはオリジナルと寸分違わぬ形状と性能を有するパーツを自作(別作ともいう)して対応することもあります。まさに職人の腕の見せどころですが、巨匠と呼べるような時計師はそうそう身近に数多く存在するわけではなく、職人のレベルはピンキリです。中にはやっつけ仕事と揶揄されかねないようなものも修理事例としてしばしば見受けられますので、オーバーホールを依頼する業者選びには気をつけたいところです。


【4】 ムーブメントの組立・注油をする

組立ドライバーは職人の技量を映し出す鏡だ

パーツが洗浄や補修工程を経てそろったら、ムーブメントの組立をしていきます。組立と同時に、パーツ同士が正しくかみ合って動作することをチェックしたり、必要に応じて取り付け位置などを微妙に変化させるなどの調整も行います。機械として所期の性能が発揮できるように組み上げるのはもちろんのこと、見た目にもムーブメントの美しさを損なうようなキズや汚れがつかないように注意を払います。とくに今日ではシースルーバックの裏蓋により、内部のムーブメントが鑑賞対象となるような意匠をもった時計が多いため、ネジの頭などにスクリューの舐め痕などが残ってしまわないよう、ドライバーはネジ径や溝にぴったり合ったものを使います。ムーブメントの形式毎にネジの大きさや頭の溝の深さなどがまちまちであり異なっているため、時計修理の職人によっては、各ムーブメント専用のドライバーセットをあらかじめ用意しておいて、作業ごとに使い分けたりするほどです。


いろいろな油

注油する油の種類には、用途に応じて色々なものがあります。ムーブメントの組立と同時に、歯車のホゾなど各パーツの必要な部分に油を注油していきます。油は油壺に適量を満たしておき、オイラーと呼ばれる専用工具をつかって、針の先ほどの部分にわずかな量の油をすくい取って、それを各パーツへと注油します。注油する油の種類や注油箇所などは、メーカーが用意したムーブメントの組立・注油指示書(マニュアル)を参照します。そのような参考書類がないものは時計師の経験と知識により、適切なものを自分で選びます。用途に合わせて、粘性の低くサラサラした油や、強いトルクに耐えられるようなグリスであったりと、目的に応じた油を何種類か用意してあります。油壺の中は定期的に全量を新しい油に入れ替えることで、常にフレッシュな状態を保つようにします。


針はまっすぐ等間隔が基本

ムーブメントの組立ができたら、文字盤と針をつけます。この作業は剣付けとも呼ばれます。文字盤や針は常に目に触れる部分であるため、とくに汚れやゴミの付着がないか入念にチェックを行います。それと合わせて、針同士が接触したり、インデックスが高さのあるもの(例:ダイアモンドなど)の場合に、やはり針がぶつかってしまうことのないように、真横からみてよく確認します。

内部ムーブメントの組立はここまでとなります。引き続き、時計ケースなど外装パーツの処理を行なっていきます。


【5】 ケースと外装パーツの洗浄・研磨をする

水洗い洗浄のみでも十分キレイになる

外装パーツ(ケース本体・ブレスレットなど)は、中性洗剤やブラシなどを使って水洗いをします。また、長年の時計の使用によって外装部分に付いてしまった小傷などを、研磨することで再仕上げしたりします。この時、ステンレス製や18金製など、多くの時計で採用されている素材であれば問題は起きにくいのですが、チタンのような特殊合金や、金属以外の素材(ジュエリーも含む)によっては、研磨などを行うことができない場合があります。また、加工が複雑な形状をしているものや、そもそも分解に難があるものは洗浄および研磨できないことがあるため、事前に問い合わせるなどして、確認しておいたほうが良いでしょう。


研磨サービスを希望するときは要注意

ほとんどの場合は、外装パーツは水洗い洗浄のみで十分にキレイな姿になります。さらに研磨をしてもらうことで、新品のときのような外観に近づけることが出来る場合もありますが、一般に時計ブランドは個性的な外観を表現するために、高額な設備・装置を使って模様を描いたり、専門の研磨職人でしかできないようなハイレベルな研磨技術により外装の仕上げを行なっております。それら新品の水準に並ぶまでの研磨を行うことは容易なことではありません。そのため、安易に研磨を依頼すると、かえって研磨前と比べてどこか期待していた結果と違うものになってしまった、などと後悔することも考えられます。

はじめて時計のオーバーホールを依頼するときは、洗浄のみとしたほうが無難です。研磨専門の職人はグレードにもよりますが、例えば『ザラツ研磨』のできる職人などはかなりの高給取りです。オマケや無料で行うようなアフターサービスの研磨レベルとは次元が異なりますので、追加費用なしとかオーバーホール費用込みで研磨サービスも提供しているような店にはとりわけ注意が必要です。


防水試験機を使ってテストするようす

時計ケースの研磨を行う際には、本体ケースからさらにベゼルや風防などを取り外す必要がでてきます。それらを研磨完了後に再び元に組み立て直しますが、正しく組めているかどうかを防水検査により確認します。日常生活防水では3気圧(3bar =30m 相当)もあれば十分ですが、とくに防水性が売りのモデルなどは強化防水仕様の5気圧(5bar =50m 相当)までチェックします。潜水時計と呼ばれる10気圧を超えるような時計も現在では比較的よく見受けられますが、特殊なモデルなどは普及型の防水試験機で測定可能な範囲を超えてしまうため、そのような時計を防水検査したい場合には、メーカー直営サービスセンターなどに依頼したほうが良いかも知れません。

また、防水性のある構造をもつ時計であっても、製造から相当年月が経過することで、パーツの劣化などにより初期の防水性能が期待できなくなる場合もあります。とくにアンティークと呼ばれる古い時計では、多くが非防水構造であり、そのような時計については防水試験は実施されず、防水性の保証なども行われないことがほとんどです。


【6】 ムーブメントをケース本体に戻す

ムーブメントのケーシング

ムーブメントの組立および外装ケースの洗浄が完了したら、いよいよムーブメントをケース本体へと戻して裏蓋を閉じます。(ケーシングといいます)

メーカーやブランドによっては、裏蓋などが特殊な構造だったり形をしていたりします。専用の工具などがなければ裏蓋の開閉が行えないようなものも中には存在するため、そのような時計をオーバーホールに出す際には、この点も事前に対応が可能かどうか問い合わせによりチェックしておきたいものです。


【7】 歩度測定・テストランニングをして完成

タイムグラファーによる歩度測定(Witschi社製 Watch Expert II)

ケーシングまで完了した時計は、さっそく歩度測定機(タイムグラファー)による歩度の測定および調整を行います。腕時計は置時計や柱時計などと違い、人間が身につけるものであるため、地球の重力に対して常に3次元的な位置関係が変化をし続けます。例えば、歩行しているときは、だいたい時計はリュウズが真下に来ることが多い(3時下・9時上ともいう)ですし、デスクワークをしているようなときには12時の部分が下を向いています。(12時下)同様に、電車やバスのつり革につかまった手に時計をしていれば、今度はリュウズが上(3時上)となります。このように、身につける腕時計はたえず姿勢が変化をします。これが置時計のように姿勢が変化しない時計であれば、置いた状態で歩度をぴったり日差ゼロ付近に合わせてしまえば、限りなく正確に動作させることが可能です。

ところが、腕時計は姿勢の違いによってムーブメントの動作が影響を受けるため、歩度に多少の差がどうしても生まれてしまいます。これを時計の世界では『姿勢差』と呼びます。どんなに優秀なつくりの時計でも完全に姿勢差をゼロにすることはできず、プラスマイナス2秒/日くらいが限界です。C.O.S.C.(スイス公認クロノメーター)のような精度の良い時計は、プラスマイナス5秒以内に全姿勢が入るものだけを認定しています。これは機械式時計としては相当に優秀な部類であり、市場にある多くの製品では日差が数秒を超えて10秒程度かそれ以上あることも普通です。アンティーク時計に至っては、日差30秒以内なら良いほうでしょう。

このように、機械式時計では姿勢差に応じた性能をチェックするため、6姿勢(文字盤上・文字盤下・3時下・12時下・3時上・12時上)それぞれの歩度の測定データをとり、実際に着用したときに問題が起きないかどうかを総合的に判断する必要があります。


オートワインダーによる実測値の歩度測定

タイムグラファーを使いながら時計の緩急針などを調整して、およそふさわしいと思われる歩度のデータが得られたら、次は実際に24時間以上時計を動作させることで、実測値をみます。オートワインダーを使って、同時に自動巻の機能をもつ時計の動作チェックも行います。オートワインダーは一定時間毎に台が数分間ほど回転して、自動巻のローターを動かすような動作をします。これを利用し、手巻きの時計であってもあらかじめゼンマイを目一杯巻いてからオートワインダーにかけておけば、自動的に数時間毎に位置がランダムに変わります。これを姿勢差に見立てて、実際に人間が手首に巻いて1日時計を動作させたときと同じ効果が得られるよう、擬似的な環境を再現させるというわけです。ただし、人間でも人それぞれに動きが違うように、同じ時計であっても使う人が異なれば、歩度も異なる可能性はあります。あくまで期待した歩度(日較差)と、実測した実際の歩度の差が、極端に違っていたり、大きく遅れになったりしないかをチェックすることが目的となります。これを繰り返すことでテストランニングとします。期間は1〜2週間ほどが標準となりますが、動作の信頼性が高ければ数日で上がることもあり、逆に入念な慣らし込みが必要となるようなものは1ヶ月でも安定せず、まだ足りないような場合もあります。アンティーク時計などに多く、時計の返却後も歩度特性が変化をし続けます。それも一種の持ち味だと思って受け入れられるような方には向いていますが、機械式時計とはかくも深淵なものとご理解をいただき、あまり性急に性能を期待しすぎないようにしましょう。

以上までが「機械式時計のオーバーホールとは」の説明となります。最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

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