パネライ・ルミノール

Panerai Luminor PAM00052

パネライ・ルミノールのオーバーホールご依頼です。ゼニスのエルプリメロが搭載されており、限定500本のものです。久しぶりに『ブログ掲載オプション』のお申し込みで、それは良かったのですが、、。ブレスレットなしの姿で送られてきたケース本体から過去の紆余曲折ぶりがすでに漂っております。ケース本体のみでももちろん受付は可能です。


パネライ・ルミノール(エルプリメロ搭載・限定版)

分解前の測定から。平姿勢は辛うじて240度まで出ていますが、縦姿勢では最高でも180度までしか出ておらず、落差が激しすぎます。歩度は裏平で10秒開きがあり、縦では12時下でー15秒という目立った遅れがあるのをはじめ、いずれもほぼゼロ付近かマイナスを示しています。一見するとビートエラーがまちまちで、波形が二重線になっていますが、これは刻音が弱く読み取りにくいために測定機が読み取りエラーを起こしたものと思われます。

いずれにせよ、このままではお使いになっても遅れになり実用性は劣った状態と思われます。普段お使いの時計が遅れてきたら、すぐオーバーホールに出したほうがいいです。内部に問題が出てきている証拠です。


さっそく裏蓋を外して内部を分解していきます。回転錘のローターが脱落しており、これはご依頼前にすでに把握されていた不具合でした。ご依頼主の方はこの点が当工房の【オーバーホールコース】では受付対象にならず、【すべておまかせコース】扱いになってしまうことを心配され、事前にお問い合わせがありました。ローターの脱落については現物を見てみないことには正確なところは回答できないものの、対象の時計は現行品扱いで通常オーバーホール であることをお伝えし、今回のご依頼となりました。

このように、サービスの申込みに際して少しでも不安に感じたり、分からない点などは事前にフォームから『その他のお問い合わせ』ラジオボタンを選択して問い合わせできるようにしてあるのですが、、、。なぜかあまりお問い合わせが来ません。(苦笑)あとで変なメール来たりしつこく営業されるとでも思っているのか、単にめんどうに感じているのか、その両方か。だいじょうぶですよ。工房主は基本的に商売やる気ないうえに、メルマガなんか書いている暇があるなら庭の草むしりでもしよう、というタイプの 世捨て人 ゆったり派ですから。過去のご利用者様にさえいっさい宣伝メールなど出したためしがございません。サービス完了してお金いただいて時計返却したら、お互いそれっきり。そういうドライな店でございます。お問い合わせだけなら無料ですから、お気軽にどうぞ安心して何でも聞いてやってくださいませ。

かつて当工房では、なんでもかんでも【オーバーホールコース】で受付していた時期があり、ひとりでは対応が不能なほどの件数の申し込みを抱えて途方に暮れておりました。その反省からアンティークに属するカテゴリーのお品は、オーバーホール ・コースから締め出して【すべておまかせコース】扱いにするよう営業方針を大きく変え、その旨相当アピールしました。それが効きすぎたのか、アンティーク派の顧客層からはすっかり愛想を尽かされまして、現在では当工房の仕事は閑古鳥です。(笑)ちょうどいいペースになったべさ。


ローターの脱落にも何パターンかあります。1.そもそも、ネジ留めしてある根元からまるごと取れてしまう場合。2.ネジ留めとボール・ベアリング部の鋼鉄製の歯車&枠のみ残して、真鍮および重金属製の重り部分が抜け落ちる場合。3.真鍮製のスポークに相当する部分と重金属製の重りの境界の継ぎ目から重りだけが脱落する場合。

今回は上記の「2」のケースでした。そのため、ベアリング金属枠の外周と、真鍮製(クローム銀メッキ)の接合面(矢印の部分で、白い丸に相当する部分)を、周囲を何箇所か点を打つように表面をタガネとハンマーで打ち込みをして表面を膨張させるさせることにより、再度カシメ直してあります。(赤い点がカシメ部分)

キズ見などで10倍以上に拡大すればやっとわかる程度の点なので、裸眼で見てもほぼ分かりません。なるべく見た目に影響しないように、かつ再脱落しないようにキチンと作業したつもりです。しかし、この手の脱落は一度クセがついてしまうと、また何か強い衝撃を受けたりすると再脱落しやすくなってしまいます。お取り扱いにはくれぐれもご注意ください。(やさしくしてね)

さもなくば、ブランド直営サービスセンターなりで新品パーツに交換でしょうが。コレ限定500個とかいう曰く付きのお品ですので。ローター1個が何万円になるのか覚悟してください。それでも手に入れば良いほうで、「もうありません」の一言で門前払いされる憂き目すらあり得ますから。エルプリメロはそもそもゼニスが作っているものなので、その時は『Zenith』ロゴ入りの汎用エルプリメロ・パーツで我慢するしかないと思います。それだってタダではないので交換すると結構な出費になります。


さて。ローター長話が終わって、ようやくムーブメント本体の分解の続き。ああ、これね。「切り替え車の赤サビ君だ」。そうそう、このブログの読者諸兄にはすっかりおなじみのコレ。ほんとワン・パターンで申し訳ないほどですが、エルプリメロでは決まってこの部分がサビ吹いているんですよ。不思議ですねえ。

これも交換すると高いので。使えるうちは使います。基本オーバーホール料金は、アトリエ・ドゥではブランドはいっさい問わず、【いっさい問わず】(ココ重要ですから2度いいます)クロノグラフ30,000円 ポッキリと相場が決まっております。(2021年8月現在)

基本料金改定以外に、この金額が動くことはありません。今回のご依頼主もご用心な方でして、「オーバーホールはオーバーホールコースの30,000円からで可能でしょうか?」と心配顔。

お客様。「30,000円から」ではございません。「30,000円」ポッキリです。

当工房ページの【料金】をご覧ください。

・クロノグラフ 30,000

と表示してございます。『ー』(ハイフン)です。『〜』(チルダ)ではございません。よくわかっていない方のために、念の為ご説明します。ハイフンで終わる価格は『ポッキリ』『ジャスト』という意味です。いっぽう、金額のうしろにチルダがついているものは、『〜より(上)』という意味です。したがって、30,000ーは、ジャスト3万円です。30,000〜の表記なら、最低3万円「から」という意味です。違いがあります。チルダもないくせに表示と違う高い金額を請求したら、それは広い意味で詐欺であり、少なく控え目にいっても表示違反です。消費者センターに通報できるレベルの誤りですから、そういう時は堂々と文句いっていいです。ご参考まで。

あ、もちろん追加で交換パーツとかあるときは全く話は別ですからね?混同しないでくださいね?オーバーホール だけなら、ウチはロレだろうがオメガだろうが雲上の何かだろうが、ETAだろうが、ぜ・ん・ぶ 同じ料金です。

パーツ供給すら受けてないのに、ブランド税の徴収に協力する義務ありません。(馬鹿馬鹿しい)

あくまで当工房の職人の工賃をもとに、時間給に換算した金額ベースで出しております。

私はだいたい1日にクロノグラフなら1本までです。それ以上やると作業クオリティが落ちます。料金ページにない特殊な案件(パーツ別作を含む修理の範疇を超えた『修復』依頼など)をお考えなら、1日作業で3万円。3日仕事させたら10万円だと思ってください。3日分の作業をさせて「代金はオーバーホールコースでしょ?」とか虫のよすぎる見解をごり押ししてくるような方は店から叩き出して以後おつきあい致しません。出入り禁止ならぬ受信拒否のブラックリスト確定で。


内部ムーブメントをケースから外すときに、機留めとなっているクランプとネジを取り外したところで、愕然としました。こりゃあ、今日のやつは大当たりだ。

もう、どれがオリジナルの正しい組み合わせなのかさえ判別できない。合っているのはネジ径とピッチだけという有様。

過去にこの時計を担当した奴はクロですな。

私見では、おそらく一番左の組み合わせが正解(オリジナル)。真ん中はクランプだけ拾ってきた。右はじは両方ともジャンクから適当に抜き取った。おそらくそんなところ。ネジ頭も痛んでます。これもダメ職人に共通のお約束。ネジ大切にしないのは、ろくな心で仕事していません。


針と文字盤を外します。針は汚れではなく表面が劣化しており、これはどうすることもできません。文字盤の水玉模様のように見えるものも、これは塗膜が変質してしまった痕です。こすったりして落とせるようなものではなく、余計にキズだらけになって見苦しくなるだけです。よって、これらは当工房ではいっさい手を触れず、このままの状態で最後にまた組み付けをします。針の研磨や文字盤のリダンはウチでは受付しておりません。

ちなみにですが、これはケース内部に湿気などが入って、慌ててドライヤーなどで加熱してしまった時などに非常にこれと似たような結果となることを、過去に遭遇した修理事例の経験から知っております。自然に風化しただけでは、ここまでヒドくならないです。

ドライヤーなどで無理に加熱して、いいことはひとつもないと覚えてください。


ムーブメントからバランスを外して裏返したところ。不幸中の幸いか。はたまた面倒の度が強すぎて、おひげいじりはいっさいやらない派のサボり職人だったか。ヘアスプリングは奇跡的に原型をとどめておりました。(少しオーバーか)

テンワのバランスを取るために行なったとみられるリバランスの穴が1箇所ありますが、これも過去のショーワダメおやじの仕業ではなく、メーカー側でコンピューターマシンによる一次補正で取りきれなかったところを、時計師が二次補正で手作業により行う場合があると、どこかで聞いたような気がします。そちらによるものだと思いたい。穴もダメおやじがやったにしては綺麗な形だしね。


すっかりパーツを取り外した地板のようす。ありゃりゃ。油だらけだ。

なぜかネジを痛めつける職人は、それとセットで注油がいい加減で間違っており、パーツは痛んでおり、そのほか作業のどれを取っても総じてダメです。ネジは痛んでいるが、そのほかは素晴らしかった、、、などという個体には過去に一度たりとも遭遇したことがない。その逆で、ネジが美しいままで中身もシッカリという例ならば枚挙に暇がないですが。(単にノーメンテという落とし穴もあるけど、少なくとも妙な壊され方はされていない)

私はネジの痛んでいるムーブメントの入った中古品は、絶対に買わない。ネジだけみれば分かるからだ。何もかもが。


バランスから耐震装置を外したところ。で、またまた仰天!なんじゃこりゃあああ!!(叫ぶ)

説明するまでもなく、両方とも同じ形をしていなければならんのです。片方はバランス天真の上側(アッパー)で、もう片方が下側(ローワー)で、、、この際めんどうだ。早い話が、上は下で、下は上。どちらに使ってもよい相似型であり、完璧に同じ形でなければいけない。

ではワトソン君。どうして、片方はこんなにキズだらけなのかね?

これはうっかりピンセットでつかみ損ね、床に転がして見失った挙句、靴かなにかでガリッと踏んづけたにも気が付かず、這いつくばって時間が無駄になることを見かねた先輩か上司あたりが「おう、オメエ。靴の裏は見たか?」とか何とかツッコミを入れて、「あったー」なんて喜んだのもつかの間。「げげっ」「キズだらけになってやがる、、、。えいっ。誰も見ちゃいねえ。このまま使っちまえ!!!」

、、、なんて具合で流用されたんでしょうなあ。(合掌)


耐震装置を洗浄して組み直し、油を入れたところ。左はキズのやつ。油が外側に流れてしまっており、三日月になってしまっております。肝心のホゾが入る穴の部分に油がありません。右は正常なほう。ちゃんと穴の周囲にまんまる満月のように油が満たされております。

前回この石を組んだお前。どうやって油をいれた?そもそも油をちゃんと入れたのか?確認もせずにただ組んだのか??

疑問はつきない。きちんと確認をし、被害が出たとなれば責任を認め、損失があれば被るのが真っ当な人間の道だろう。だが、そんなものはどこかへ忘れてしまったのでしょうか。

自分のせいにされるのが怖い。石を新品に変えれば利益が消し飛ぶ。私の評価が下がってしまう。黙っていれば誰も気が付かない。これは不幸なアクシデントだ。

、、、。人間とは弱いものです。落ちるときは、どこまでも落ちていく。一度落ち始めたら、底までいく。何もかもがどうでもよくなる。どこまでも利己的に自分かわいさで甘えから抜け出せない。負の循環がとめどなく続く。

置かれた環境によっては人は善にも悪にも染まるもの。私もどこかで道を間違っていたら、同じ穴のムジナだったのかも知れない。

幸い、私はそうなる危険域はとうに過ぎ、解脱して三千世界の住人となってしまった。子供のしでかす不始末にアラアラとため息をつくような思いで、人の世の不思議を時計にみる思いである。


ハッタリはこの位にしておいて。(笑)

実際は、直せばいいんじゃないの?という話です。お得意の我が愛しの 1/100mm単位で位置調整可能なホリア・ジュエリングツールの出番であります。踏みつけられたか何かは知りませんが、要は穴石が枠からズレて曲がっているということ。だから、油を入れても真ん中に油がこない。ならば、穴石を再び正しい位置に枠の中にセットしなおしてやればよい。ものの5分もかからず補修完了。

それにしても、こんなこともできない職人が本当に大手を振ってまかり通っている。これが日本の修理業界の実態です。(ご依頼主の言では、トウキョウという都市でパネライならウチにオマカセとか何とか謳っている宣伝だけは上手なお店で前回オーバーホール をしたそうな)


再び石を洗って組み直し、注油しなおしました。今度は両方ともまんまる満月お月様〜♪

それにしても、穴石が今回みたいな状態でも冒頭のような理想的ではないにしろ、騙し騙しでも時計が動いてしまうものだから、本当に始末が悪い。

このわずかな穴石のズレが見抜けない。時計修理技能士なんかにはあり得るな。なにしろ、技能士試験には耐震装置なんてものを搭載した機械式時計は出てきませんから。それで1級だの2級だの、私に言わせれば意味不明なランクづけまでされている。実態は国産の安物クォーツ時計を、キレイに素早く組み上げられるかどうかのコンテストであって、試験などというのもおこがましいレベルなんですが。

そんな資格をとって仕事して、どんな人間が育つんだ?

それがこの結果であり、答えだろう。


分解したパーツはすべてベンジンカップにいれて、ひとつひとつ丁寧に刷毛で洗浄いたします。これでちゃんと汚れは落ちます。論より証拠で、毎回ウチでオーバーホールした時計は必ず6姿勢の歩度測定をチェックしております。『ブログ掲載オプション』ではその特性データもつけています。あまり他店などで6姿勢データまで公開しているところありませんね。なぜだか考えたことありますでしょうか?

答えは簡単なんです。それをやると、技術のない店は途端にボロが出るからです。


洗浄したパーツをケースに収めます。


ゼンマイも取り出して洗浄し、巻き直して注油します。

これもツッコミ出したら毎回きりがないんですが、案の定、香箱の中身は過去まるで手入れされた様子がみられません。やっぱりな、という感じ。これでよくもゼンマイが切れずに済んだのは僥倖だったとしか言いようがないです。

ご依頼主さまも、最初は良い店なのかどうなのか分からない。何回かオーバーホールするうちに香箱を手入れしない業者と付き合っていれば、やがてそれは今回のような性能の劣化となってあらわれ、そこではじめて依頼主も何かおかしいと気づく。でも気付いたときには時計メチャメチャ。それでググってウチの登場。これもよくあるパターン。(苦笑)


バランスを地板に組んで、ひげ具合を見ます。これはアンクル中心をみているところ。冒頭の特性チェックではビートエラーが出ていた。便宜上、測定機のエラーと書いた。だが、頭の中ではいろいろな可能性を考えている。本当は違うかも知れない。振り角が落ちてくることで、ビートエラーが起こるとしたら?そして、それは姿勢によって値が異なることがあり得るだろうか?またそれは何が原因だろうか?

どんどん突き詰める。これは頭の体操でもあり、時計師のサガでもある。


上はベースムーブメントまで組んだところ。下はさらにクロノグラフ段のパーツをほぼ全て並べて、あとは受けを組むだけの状態。


自動巻ローターまで組んでムーブメントは完成。ローターの動きもチェックし、滑らかに回ってゼンマイを巻き上げることを確認。なんだか今回はどっと疲れました。


文字盤側はこんな感じ。カレンダーが省略されており、針回し機構と12時間積算計のみですっきりとした構造。ここに文字盤と針がつきます。

文字盤は足が曲がっており、3箇所の小針が穴の真ん中には来ずズレていました。もう〜こういう時計は本当に何から何までおかしいので。トンカチでひっぱたいて直しました。(本当にそうやって直すものです)もちろん釘を打つようなやつではなく、小さいハンマーにデルリンチップを被せたもので、コツンコツンと力加減をみながら慎重に叩きます。ピッタリと中心を出し直します。

こんなちょっとしたところも、慣れた私には数分もかかりませんが。ちゃんとやらない(見ていない)ところは多いですね。


ケーシングまで来ました。ここにも過去にこの時計ちゃんが遭遇してしまった、不幸な痕が残されております。間違った工具で裏蓋を開閉されたと見え、すべらせて思いきりキズになっています。裏蓋は特殊な角で構成されており、これはパネライ専用メガネレンチでしか開けられない、、、という建前のつくりです。

モンキーレンチみたいな2点支持型の平行バーなどで挟んで回すと、こんな風に滑ったり食い込んだりしてキズがつくんです。専用工具は高いですから。パネライのこのモデルにしか使えない専用レンチ(駒)1つで数万円とか、ブランドとモデル毎に全部揃えたらきりないです。とてもメーカー直営店に対抗できません。それで、適当な手持ちの工具で開けようとする。見え透いた話です。


ではウチではどうしているか?といいますと。

じゃじゃ〜ん。

専用メガネレンチでもなく、汎用型平行棒でもなく、吸盤ゴム圧着というナナメ上を行くイマドキのやつで、エイヤッと力技で回してしまいます。

だからウチではこんな無様なキズなんかつくわけないんです。たまに何を勘違いしたのか、「裏蓋にこんなキズなかった。金かえせ!」とか何とか文句たれてくる不届きな客には、これ見せます。まあ、何も言わずにそそくさと消えていきますね。(笑)


ホロテック製ハンドル型オープナー。ウチのような貧乏な個人の店にとっては強い味方。これで開けられなかったこの手のN角形みたいな裏蓋をもつ時計は、今のところ1つもない。(かつて宮仕えしていた折には、どうしても開かずにメーカー直行になったやつが1件だけあった。ポリスとかいう聞いたことないようなブランドの。何百個とやって、率としてはそんなもんです)


ハイ、できあがり〜♪

どうも、今回少しキレ気味の文章になってしまい、申し訳ございません。

時計と対峙しているのではなく、過去の悪徳業者との戦いです。これも時計修理の現実の一端を垣間みたものとお考えください。


さて、あとはパネライ・ルミノールの例のアレつければおしまい、、、のはずが!

ここへ来て、まさかのネジ・スタッキング!!!

嘘だろ〜。頼むよ。ドライバーびくともしないよ。

そういえば、ご依頼主が「前回オーバーホールした業者は、ローターは脱落するし、外装ネジは外れるし、散々」云々と言っていたのを思い出し、ヤラレタと思いました。

これ、ケース本体側のネジ溝が壊れてます。最初の分解でここのネジを取り外すとき、片方だけ妙にゆるいな?とは気が付いていたんですが。ネジ穴の確認まで思いが至らなかった私のミスといえばミス。再度取り付けるときに、しっかり締めてやろうと回した瞬間、イヤーな感触が、、、。

ネジ穴の溝が壊れていると、ネジの山が溝をうまく滑らずに、山と山どうしが乗り上げて食い込んでしまい、締めるも緩めるもままならず、がんじがらめに固着してしまうことがあります。これが恐るべきネジ・スタッキングの罠。これになったら、もう最期。無理に力まかせに回そうとしても、ネジが折れ込んでさらに被害が拡大します。そうなる前に、ネジだけを破壊して取り除くという選択を強いられることになりました。それがこの写真の悲惨な状況です。


超硬ドリルでつまったネジの頭を貫通させてネジを破壊します。今回はその途中で運良く(?)今度はドリル刃がネジ内部で固着を起こしたので、それを利用してそっと逆回転させることでネジをケース側から取り除くことに成功しました。同様の作業は、ムーブメント内部で頭が舐められてドライバーで回せなくなったネジの除去とか、そもそも頭もとれて完全に折れ込んだネジを取り外す際にも行います。

超硬ドリルそのものは、そんなに高いものでもなく入手は容易なんですが。ネジにこんなふうに穴開けするのは、かなりの熟練を要する手作業です。これに1時間くらい取られました。機械のドリル工具なんか使ったら、力が強すぎ&回転早すぎで、あっというまに狙いを外れて時計パーツをキズだらけにするか、ドリル刃が折れ込んでさらに地獄をみるかどっちかがオチです。これは手作業でちまちま少しずつ慎重に掘りすすめるしかないのです。

あ〜あ。今日は厄日だ。(塩でもまいておこう)


上はネジ溝が残っているほう。(これも少し消えかけているが、まだちゃんとネジ締め可能。今回はこちらの1本だけで留めてあります。実用上は問題ありません)

下は今回スタッキングを起こしたほう。明らかに溝が消えてすり減っているのがわかると思います。一発でこんな風になるとは考えられず、慢性的に間違ったネジ締め法を繰り返して、徐々に痛んでしまったと思います。ネジ溝がダメになってくると、ネジを締めても締めても止まらず、ぐるぐるゴリゴリと妙な空転を続けることがあります。それは完全にネジ溝が消失した最終形態です。今回その一歩手前でしたが、気づけませんでした。

気付いたところで、どうにかできるものでもなく。この部分のネジを締めること、以後あたわずまかりならん、とご依頼主様に伝えることしかできません。現実的な修理方法としては、ケースごとメーカー依頼で新品交換という、恐ろしく出費が予想される一択しか他に手段は残されておりません。新しくネジを切り直すにも、サイズが特殊すぎて市販の工具やJIS規格に一致するものはありません。(時計のネジはメートルだったりインチだったり国により規格が違ううえ、特殊サイズなので市販のピッチのさらに1/10以下だったりして、ネジ切り工具がそもそも特注品)

それ以前に、サイズの違うネジを切り直す行為は、立派な改造ですから、もし仮に可能だったとしてもウチでは受付できかねます。(悲)

たかがネジと侮るなかれ。されどネジ。ネジをきちんと扱わない業者に手入れさせ続けると、このように時計の何もかもが壊されてその価値を失ってしまうのです。


最終特性 全巻き ー クロノグラフ OFF

左上)文字盤上 振り角 270° 歩度 +007 sec/day

右上)文字盤下 振り角 285° 歩度 +007 sec/day

左下1) 3時下 振り角 271° 歩度 +007 sec/day

左下2)12時下 振り角 262° 歩度 +003 sec/day

右下3) 3時上 振り角 259° 歩度 +005 sec/day

右下4)12時上 振り角 257° 歩度 +004 sec/day

振り角こそ裏平が10度以上出てしまいましたが、歩度は全姿勢でもプラスマイナス2秒以内と優秀です。テンワの穴掘りはどうやら二次補正の跡であってほしかった願いが届きました。(ダメ職人のいらぬ仕業だったらこうはなりません)従前の耐震装置などがあのザマでしたので、天真のホゾがヘソを曲げたのかも知れません。いちど妙なところが壊されますと、修正してもまた一種のエイジングが開始されることになり、さらに使用時間の経過と共に特性が変化していってしまうこともあります。まさに往復ビンタ。


最終特性 全巻き ー クロノグラフ ON

左上)文字盤上 振り角 245° 歩度 +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 257° 歩度 +004 sec/day

左下1) 3時下 振り角 231° 歩度 +007 sec/day

左下2)12時下 振り角 227° 歩度 -004 sec/day

右下3) 3時上 振り角 235° 歩度 +002 sec/day

右下4)12時上 振り角 226° 歩度 +007 sec/day

続いて、クロノON。やはり振り角に妙な裏平差があります。歩度も12時下だけが妙に遅れるのは、分解前の傾向と同じです。テンワのリバランスの影響かも知れませんが、いずれにしろエルプリメロに共通の現象ではなく、この個体に限ってみられる特性です。通常はマイナス1秒までは認め、それ以下の遅れがみられるときは、一番遅れる姿勢がマイナス1秒になるまで歩度調整をするのですが、今回は例外的に12時下だけが飛び抜けて遅れるため、全体の歩度との兼ね合いを優先することにし、これで様子を見ます。また数年後にオーバーホールで当工房にやってくるようなら、その経過からより正しい判断ができます。現段階で神経質になり過ぎても、過去の悪徳業者の思うツボです。その悪い手癖を解毒して排出するための期間が、次のオーバーホールまでの年月だと思ってください。


完成。

やれやれ。これにて一件落着。