ロレックス・サブマリーナー

ROLEX | Submariner ref.16610

今回、よくあるロレックスのオーバーホールご依頼ですが、とうとう恐れていた事態が生じてしまいました。一体何があったのか?


ロレックス・サブマリーナー

「ロレックスでもホームページの金額でオーバーホール依頼できますか?」

こういうお問い合わせ、本当に多いんです。もちろん。どんなブランドであれ、ウチは料金ページの一律料金でサービスをご提供いたしております。その時計が、普段からお使いになられているもので、定期メンテナンスにきちんと出しているものであれば、という前提はつきますが。

「サブは記憶では2005年に直営サービスに出したキリでした。」

お見積もり済んでから、後出しジャンケンで真実をカミングアウトされるお客様も、毎度多い。今回のご依頼主さまも、まさにこの典型例。

はあ。前回整備が17年前ですか。まるでウィスキーの銘柄ですな。ナントカ・カントカ【17年】

特性を見れば明らかで、ちょっとロレにしては進みすぎですね。整備に出さずにいると遅れてくることが多いのですが、中には進みになってくる場合もあります。遅れないから大丈夫だと油断していると、危険です。

まあ、運がよければオーバーホールのみで直ってしまうほど、ロレはすごい時計なんですが。さっそく中を見ていきましょう。


こんなん出ましたけど。笑

  • 切り替え車 2こ  ¥ 40,000
  • 角穴車駆動車    ¥ 15,000
  • バランス一式    ¥ 100,000
  • オーバーホール  ¥ 30,000

しめて、総額『¥ 185,000 円也』

オーバーホール料金は3万円なんですが。パーツ代で15万5千円ですね。(注:これは記事執筆時点での価格です)

これは【オーバーホールコース】+パーツ代となる事例ですが、モノによってはパーツ代のほうがはるかに高いです。オーバーホール代は純粋に作業の手間賃だけなんです。

よく考えてください。100万円の時計のパーツが百円とか千円なわけないじゃないですか。


追加パーツなしで、すんなり【オーバーホールコース】のみで受付できることもあります。(というより、ほとんど。過去の当工房の割合では、約9割は「【オーバーホールコース】のみ」パターン)

ところが、ひとたび何かパーツ交換の必要性があるやいなや、追加パーツ料金加算となり、途端に合計金額は跳ね上がるのです。いつも言っていることです。1割くらいはこういう事例にあてはまる時計のご依頼がやってきます。


今回のような高額パーツの交換になると、だいたいの方は腰を抜かしてキャンセルされますな。中には、良い授業料だったと捨てセリフを吐かれる方もおられます。まるでウチがキャンセル料で商売やっているかのような。散々な言われよう。笑

今回の方は、めずらしく肝のすわった方と見えまして、上記お見積もりでOKされたのですが。これはめずらしいパターンです。


左が新品。右は交換対象の角穴車駆動車。

この倍率ではわかりにくいですが、巻き上げカナの歯がところどころ折れて傷んでおりました。摩耗も進んでおります。一見するとまだ使えそうですが、(実際使えないこともないですが)巻き上げ効率は激落ちします。

こういうところを見逃して、パーツを継続利用し続けますと、だいたいサービス完了から1年も持たないうちに「止まった」ということで時計がまた帰ってきてしまいます。

巻き上げ不良 → パワー不足 → 時計の止まり、というわかりやすいパターンです。

すると、とても【1年間の動作保証】なんて、つけられないのです。


左が新品。右が交換の切り替え車。

こちらは軸が摩耗しております。ハッキリ言って、見てわかるほどではありません。これだけ拡大したって分からないほどの量の摩耗です。(ヨコアガキをみれば、私の『手』で感知できます)ところが、これも巻き上げ効率に大きな影響を与えます。角穴駆動車と相まって、両方で計り知れない巻き上げ効率低下に貢献してくださります。


切り替え車は、内歯を組むとこんな感じ。

ところが。最近思うに、こういう『みせしめパターン』をいくら出しても、ちっともお客は気づいてくれないです。当事者であるご依頼主さまをのぞいて、改心してくれない。いくらやってもキリがないのです。

工房主である私は損したくない。店の評判落としたくない。客は客でなるべく安くしたい。少しでも安い店ないかいつも目を光らせている。

結局ねえ。私も客も、自分さえ良ければ社会、にすっかり毒されて。『われ良し』に落ちてしまっているだけなんじゃないかなあと思います。


こちらは、バランスの天真をマイクロメーターで計測しているところ。上は未使用新品の天真(基準用に備蓄しているもの)

自動巻も摩耗しておりましたが、それだけでは冒頭の特性の乱れっぷりは説明できません。バランスもお見積もりで重点的にチェックしまして。どうもアガキ量がガタガタでゆるい。見て分からなくても、我々時計師は『手』でわかるんです。手にミクロの世界が叩き込んであります。(本当です)

バランスの軸をパッとピンセットでつかんで、上下左右に動かしただけで「ゆるい」とか、すぐ分かります。「あ〜。こりゃ交換だな」とかまで分かります。

それだけで見積もり済ませちゃう時計師もいますが、ウチは念入りに全部分解して裏の裏まで調べ上げます。そのため、時間もコストもかかるお話も耳タコなほどしてきたかと思います。

本当にバランス交換相当か。いちおうこうして念のため計測器も使って裏をとります。


まず、新品の天真のほう。『3.079mm』


続いてバランスのほう。『3.083mm』

やや。新品のほうより長いではないか。1000分の4ミリほど。

おそらく設計値では3.08mmのつもりなんでしょうな。そこから見れば、両方とも1000分の5ミリと狂っていない。(つまりどちらも合格)

測定誤差も含めていえば、どちらも同じ長さだと言い切っても差し支えないレベルに収まっております。こういうことがあるから、計測することも大事です。

この時点で、「摩耗したからガタガタなんじゃないか?」という自分の見立ては違った模様。

あれ〜?


バランスを眺めてしばし耽考。

外観上、とくに問題と思われるところもない。

これだから時計は難しい。どうして冒頭の特性になってしまったのか。どこかに必ず原因はあるはず。それを探して見つけ出さなければならない。


受けに組んで、再びアガキを見る。やはりユルイ。

こういう時は、別の角度から試してみるものです。ロレのcal.3135 の場合は、このようにブリッジ式で二点で地板にネジ留めされている頑丈なものです。

普通は、「そんな頑丈なものだから」という先入観で、まさか受け側の問題とは思わないのです。ところが、この機械はブリッジに細工があって、よく見ると受けの足が回せる機構になっており、ここで細かく高さを調整できる仕組みなんです。これが意外と落とし穴で、過去の整備でうっかりここに触れて高さが変わってしまっていることがあります。

お客は「直営サービス」で手入れした、、、とおっしゃっていました。「まさか直営でそんなヘマするわけないよねー」(と、これも先入観)

とにかく、裏の裏まで読まなければなりません。そのまさか、を疑います。


受けの高さを再調整して、バランスは交換せずにとりあえず組んで測定しなおしてみました。

チョイと歩度調整のスクリューが1箇所おかしい所はあったのですが、そこだけ微調整したところ、あっさり『いつものロレ』にふさわしい特性が出現。。。

なんだ、これならバランス交換する必要ないじゃないですか。笑


というわけで、お見積もり金額から【バランス一式10万円也】を差し引きまして、最終的な修理合計は8万5千円にプライスダウンと相成りました。

取り寄せのバランス新品はどうするって?そりゃあ、ウチの見立てが悪くて取り寄せちまったモノですから、在庫に回るだけの話です。幸い、cal.3135 様はあまりに偉大なムーブメントですから、いつかのメグリでそれが必要になる事例もございましょう。そして、さらに、、。

実は今回露見しました、重大なことがございます。

発表します。

『もう時計のパーツは取り寄せ不可になるかも知れません』【重要】

実はですね。今回のお見積もり後に、すぐさま必要な交換パーツを手配したのですが。ことごとく全部キャンセルを食らって、再発注しなければならない憂き目に遭いました。ウチはアメリカ経由で取り寄せすることが多いのですが、そのアメリカが最近おかしいです。

eBay などの海外オークションもおかしいです。とくにアメリカ発のものは、グローバルシッピングなんちゃらシステムでないと、売らないよ、という流れ。(しかもこのシステムの人員がマックジョブ並みらしく、とにかくやることなすことがいい加減。元の梱包よりさらにひどい包み方で、やらないほうがマシというレベルの仕事ぶり)もともとアヤシゲな海外オークションに輪をかけてわざわざダメなクオリティを追加している。

ヨーロッパのほうはさらに風前の灯火です。もういつ何時、『輸入不可能』になってもおかしくない国ばかりです。

日本に住んでいる分には、そこまで状況伝わってこないかも知れませんが。(この国の人々はなんと言いますか、、、平和ボケ)


文字盤と剣つけに進む。

ロレックスのみならず、スイス系のムーブメントはもうパーツ取り寄せダメかも知れない。この事実を突きつけられて、焦っております。

(それより、そもそも時計修理なぞやっている場合ではないかも知れない)

このところ、世界の情勢がめまぐるしく変化しており、状況は日々、緊迫の度合いを増しております。毎日毎日のニュースが、どれをどうみても、世の中良くなる兆しが全く感じられません。むしろ残念ながら悪化の一方を辿っております。(ちなみに日本のマスコミのニュースは見ておりません。ちっとも本当の情報を出さないので。)

秋には食べ物なくなっているかも知れません。さらに戦争が始まって輸入が止まり、電気もガスも水道も使えなくなるかも知れません。ついには紙幣だと思っていたものが単なる紙くずになるかも知れません。

杞憂に終わることを祈っておりますが、残念なことに冷静に世界の動きなどを見ておりますと相当現状は危険だと思います。


横からみる。

まあ、、、あんまり不安ばかり煽っても仕方ないですが。いざとなれば、なるようにしかなりません。

こうした漠然とした不安を背景に、これまでの当工房の修理方針を見直してきまして、「こりゃあお先まっくらにちげえねえだ」と。

再考を迫られております。

もう、パーツ交換とかできなくなって。完全に思い切ってパラダイムシフトの時かな〜と。


ケーシング。

これまでは、いかに「その時計のもつ本来の性能」を引き出すか。ポテンシャルに応じた修理を心がけてまいりました。

しかし、これからは「その時計の背負っためぐりあわせ」に応じた、それ相応の性能をキープさせていく。

そこに修理の軸足を移していかざる得ません。

莫大なパーツ交換費用が生じるのは、全部ここに起因します。もともとの性能を発揮させようとすればパーツ交換しかありません。動作保証するためには、まだ使えるパーツであっても退役させるしか道はありませんでした。

私が過去「やっつけ」と蔑み、嫌っていたような間に合わせの仕事でも、それしか他に方法がなければ、致し方もありません。そして、今後はそういう修理でしか生き残る道もなさそうです。

とうとうこの日が来てしまったか。


【2024年2月追記】その後、『やっつけ放題コース』を新設しまして、パーツ交換せずに別作したパーツで修理できる可能性へと選択の道を切り開くことにしました。時計修理にかけられるご予算も、二極化する世相を反映したものとなっております。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 280° 歩度 +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 272° 歩度 +004 sec/day

左下1) 3時下 振り角 244° 歩度 -001 sec/day

左下2)12時下 振り角 247° 歩度 +003 sec/day

右下3) 3時上 振り角 246° 歩度 +000 sec/day

右下4)12時上 振り角 245° 歩度 +000 sec/day

ロレの3135らしい特性。これを誇らしげに結果報告できる案件も、今後は減っていくのでしょうか。


完成。

今回の該当コース:【 オーバーホールコース+パーツ代 】