IWC – Automatic

IWC | Automatic cal.8531

IWCのオートマチック時計の修理ご依頼です。メンズとレディースのペアで一緒に当工房へとやって来ました。こちらは旦那様の時計と思われます。当工房へのご依頼は初めてですが、これまで他店にてメンテナンスをしつつお使いだったようです。


IWC・オートマチック cal.8531

バランスの振り角こそ全巻き最大で260°ほど振っておりますが、歩度は姿勢によりずいぶん差があり、3時下(リュウズ下とも言う。身につけた時、もっとも多く人間が自然に使うポジションで重要)では波形がかまぼこ形にうねりが見られます。ビートエラーも乖離が激しく、完全に二本線になっています。何か内部に問題がありそうです。


リュウズを取り外したところ。巻き真との接合部あたりに盛大な赤サビが生じています。IWC cal.8531は50〜60年代頃に製造されたもので、外装ケースなどは非防水構造です。魚マークの防水型リュウズもまだ出始めたばかりの頃で、試行錯誤を繰り返していた時代のものです。そのため、通常のご使用においても経年により劣化してしまいやすいものです。


今回は補修によりサビを落として再利用をします。この時代の交換用パーツは現在ではほとんど市場に残っていないため入手が困難です。取り寄せ可能な場合であっても非常に高価で、未使用の良品ではリュウズひとつ数万円いたします。人気のあるブランドのモデルはヴィンテージ品の扱いを受けて、パーツにもプレミアム価格がつけられています。


ケース本体にも裏蓋や風防・ベゼルとの接合部を中心に、サビが大量に生じていることが多いです。ステンレス(Stain-less)とは、「さびにくい」だけであり、「さびない」わけではありません。金属表面に不動態皮膜を形成しますが、部分的に破られると内部へと向かってアリの巣のようにサビが進行していく特徴があります。


サビを落としたところです。表面に出ている部分はほとんど落としましたが、内部に進行した部分は虫食い跡のようになり、完全には取りきれません。サビ取り液などで可能な限り進行を阻止しつつ、定期メンテナンスによりケアしていくことになります。全く何もせず長年にわたって放置されたものでは、最悪の場合サビで固着して分解不可能になります。


こちらは内部ムーブメントを分解していく途中のようす。中央の秒カナ取り付けの受けが、なんと割れた状態で取り付けされておりました。以前に手入れを行なっていた業者は、あまり良くない店です。残念なことですが、中には日銭さえ稼げればそれでいいという前時代的な時計修理の職人もいるのが現実です。


新しいパーツを取り寄せて交換します。一見すると銅板に穴を開けただけのようですが、極めてシビアな寸法と加工精度が要求される代物です。一般のボール盤などの工作機械と、ホームセンターで誰でも入手できるような金属板では、まず作ろうと思ってもできません。素材は何年も寝かせて狂いの少ないものです。汎用素材ではなく、特殊合金であることもあります。加工技術に特許が絡んでいたりもします。


すべてのパーツの分解と洗浄が済んで、並べたところ。


香箱のゼンマイも洗浄して巻き直し、新しい油を入れます。


バランスのひげぜんまいを調整します。調整前(左)ではアンクル中心に振り石がなく、大きく左にずれています。冒頭のビートエラーの主因はこれです。修正後(右)では中央の正しい位置に戻っています。


輪列を組んでいきます。中央の秒カナが入る部分には、テンション用のバネが見えます。秒カナの受けが正しく取り付けできていなければ、秒カナの動きは不安定なものになります。測定器で見受けられた波形の乱れは、こういうところが影響してくるのです。


ベースムーブメントの組み上げが完了したところ。新しく交換した受けの収まり具合もよく、バランスも勢いよく元気に振りはじめました。


ベースムーブメントの測定。振りは280°を超えています。ビートエラーも解消し、波形は直線性がよく安定した動作を反映した動きです。歩度も姿勢差が少なくなっています。どれもきちんと整備した結果です。


ベースムーブメントの回復が良好なため、そのままカレンダー機構の組み立てへと進みます。


文字盤と針付けをしたようす。文字盤にも針にも経年の劣化や汚れ・痛みなどがみられますが、まずまず年式相応のものと思います。この時計と共に歩んでこられた歳月の証です。


ケーシングまで来ました。だいぶくたびれていた時計でしたが、これでもうひと頑張りしてくれることでしょう。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 286° 歩度 +000 sec/day

右上)文字盤下 振り角 280° 歩度 +008 sec/day

左下1) 3時下 振り角 230° 歩度 +008 sec/day

左下2)12時下 振り角 237° 歩度 +010 sec/day

右下3) 3時上 振り角 233° 歩度 +008 sec/day

右下4)12時上 振り角 241° 歩度 +002 sec/day

ヴィンテージモデルでしたが、現役バリバリの性能に回復しました。

今回の該当コース:【 すべておまかせコース 】