Schauer chronograph sport

SCHAUER chronograph Sport

シャウアーのクロノグラフ・スポーツです。工房主の個人で使っている時計で、2006年に渋谷のパルコのTicTacで購入しました。過去にも自分で2〜3回オーバーホールしており、今回は4年ぶりに実施します。

消費税増税やらコロナウィルスやらの影響なのか、この半年ほどはすっかりブログ掲載オプションのお申し込みがなく、急に更新されなくなって心配された方からメッセージが来たりしまして、私自身は「申し込みがないならそれはそれでしょうがない」位にしか思っていないのですが、サイトの更新が途切れるのはSEO的にもよくないだろうと考え直し、それでは自分の時計でも載せてみようと思った次第です。


シャウアー クロノグラフ・スポーツ

まずは分解前の測定から。全巻きでクロノグラフOFFの状態で、平姿勢で300度、縦姿勢で280度以上振っております。歩度も−1〜+5までに全姿勢が入っており、現状使っていても特に問題は感じません。それでも機械式時計は定期的にメンテナンスを行うことが必要です。


分解していきます。裏蓋を開けたところ、ケースとの接触するところに盛大なサビが生じておりました。


こちらはリュウズを抜いたところ。巻真のパイプに差さる付近でサビが出ております。時計を丸ごと水洗いしたことが何回かありました。これまでは平気だったのですが、いつの間にかリュウズのガスケットなどが劣化してきたようです。我ながらお恥ずかしい有様で、これではお客様に「水洗いするな」とかエラそうに言えなくなってしまいます。防水時計でも購入から年月が経ったものは防水性が失われていることがあります。あんまり水につけたりとかしないほうが良いです。


続いて磁気帯びのテスト。これは普段あまりご紹介しておりませんが、毎回必ず実施するもので当たり前すぎて載せておりません。100均でも売っているようなどこにでもあるコンパスで十分です。この上に時計やムーブメントをかざして前後に動かします。コンパスの針が少しでも動くようであれば磁気帯びしていますので、磁気抜きを行います。うっかりこの作業を忘れたとしても、分解するときにドライバーにネジなどがくっついてしまうので、すぐ気がつきます。時計師の使うドライバーは基本的にマグネットは厳禁で、パーツを磁化させる恐れのある工具は使いません。パーツに磁気が入っていると時計の歩度は狂ってしまうからです。


ムーブメントを分解していきます。バランスの耐震装置には油がほとんど残っておりませんでした。油が乾いてしまっても気づかずに使い続けると、劇的にパーツが摩耗して痛みます。性能もガタ落ちして冒頭のような素晴らしい特性はバランスを交換しない限りもう二度と望めなくなります。オーバーホールには時計の性能を保つ役目があるのです。時計の調子が良い場合であっても定期的に実施することが大切です。


ムーブメントの分解と洗浄をしたところ。ムーブメントはETA7750で、クロノグラフのなかでは最も組み立てしやすい部類です。学生や修行時代を含めてもうどの位やったか分からないほど数多くオーバーホール作業を経験してきているものです。パーツの交換は今後はなるべく行わなず、オーバーホールのみで動作保証できるものはパーツ交換なしにしようと思います。世の中どんどん不景気で、これまでのように最高性能のために理想的なパーツを都度新しく交換していては店が続かないと判断しました。


バランスを地板に組んで、ひげぜんまいの調整です。パーツをなるべく交換しないからと言って、性能の追求を諦めるのではありません。オーバーホールで組立と同時に行われる調整作業の巧拙によって、時計の最終的な性能には大きく差がつきます。整備勘のあるものは、理想的な状態を目指して妥協のない調整作業をすることができます。ETAのパーツなら入手は容易で価格もその他ブランドに比べれば廉価です。万が一、調整に失敗してパーツを破損させてしまったりした場合でも、自腹で交換して補償が可能です。お客様にご迷惑をおかけすることがなく済みます。ところが、パーツの入手できないような超高級ブランド時計などではそうはいきません。冷や汗タラタラで石橋を叩いて渡るような調整作業の連続となります。おのずと取れるリスクが違います。


シャウアーの良いところ(その1)

ベースムーブメントの組み立て途中のようす。香箱の真を通す受けに、大きく立派な穴石が使われています。オリジナルのETA7750の仕様は、この部分は地板に穴が空いているだけで金属ブッシュさえ使われていません。7750をベースに部分的なところがカスタマイズされています。耐久性は段違いに向上すると思われ、この時計にかけるヨルク・シャウアー氏の意気込みが見て取れます。(残念ながらシャウアーはブランドとしては2019年に終了しており、現在では新作はもう入手できなくなりました)


ムーブメントが組み上がりました。可動パーツはオリジナルと同じ鏡面仕上げで統一していますが、受けには模様やペルラージュ仕上げが施されており、見栄えよく美しさが演出されております。ネジは青焼き風に頭を塗装したものです。本青焼きでは手仕事の手間が増えてコスト増となること、強度などが7750向きでなくなる恐れなどもあることから、総合的に判断したのではないかと個人的に推察します。超高級ブランドの時計にみられる本青焼きネジなどは、そういう細かな設計上のことにまで周到に配慮されたものなのです。万事その調子で全てのパーツに手仕事を投入した結果が、庶民にはとても手の届かない価格となって表れます。


ネジの頭が痛むと目立ちますから、ここは慎重に作業を行います。合わないドライバーでネジを締め付けると、簡単に溝の部分などがめくれあがったりして変形し、見苦しくなってしまいます。そして裸眼でも分かってしまいます。こんな風に溝がクッキリとまっすぐのままに見えていれば、正しい工具で仕事をしている証拠です。元の性能を保つべく出来る限りの技術を駆使することに加えて、なるべく見た目にも美しさを保てるよう心がけております。それがアトリエ・ドゥのポリシーです。


シャウアーのよいところ(その2)

こちらは文字盤側のようすです。オリジナル7750ではカレンダーディスクが入るスペースが削られており、代わりに12時から3時位置へと3枚の歯車により分積算の針の位置を移動させています。“KULISSE”と称するシャウアー独自の機構です。これにより、分積算が3時位置にくるという他社ブランドの7750採用機では見られないフェイスを実現しています。


文字盤をつけ、剣付けをしたところ。文字盤にKULISSEの文字が見られます。(意味は『どんでん返し』)カレンダー機能を犠牲にしてまで横一列のデザイン性を優先した点はユーザーの好みが分かれると思います。しかし、ただのETA7750をそのまま使ったのでは強制的に同じ顔になってしまい、面白みがありません。小秒針の位置を変えることで、まったく別の表情を纏います。例えば、縦のラインを強調したものではIWCのポルトギーゼなどが有名ですが、あちらは9時位置の秒針を6時位置に移動させるため、やはりムーブメントを特殊カスタマイズしています。ETA汎用機をそのまま使うデザインブランドはいくらでもありますが、このあたりに真の時計ブランドとしての意地を見る思いがいたします。スタイリッシュな縦のラインも良いですが、横のラインで視認性よく安定感を表したシャウアーのデザインも好きです。


ケーシングへと順調に進んでいきます。裏蓋にびっしり出ていたサビもきれいに取り除かれました。サビ取りパーツ補修の別料金でも請求してやりましょう(笑)

、、と、いつもならパーツ費用と合わせてせっせと徴収して小遣い稼ぎをしておりましたが。しばらくはこの程度のサビなら追加料金なしのオーバーホール代込みで行くしかなさそうです。トホホ。


自分の時計だからといって、何か特別なことをしたりしなかったりということはないです。お客様の時計となんら変わることなく扱います。

そのつもり、、、だったのですが。受けの一部にキズを見つけてしまいました。


うーん、まいった。全く覚えていない。この位の明らかに分かるキズなら付けてしまった瞬間にいつもなら気がつくのですが、今回はぜんぜん記憶がございません。自分の時計だと思って油断してしまったのでしょうか。それとも私ももう歳なんでしょうか(?)

理由はともかく、キズは結果として残ります。見た目の美しさにも気をつけているつもりが、これです。どんなにベテランの技術者でも時にやってしまいます。メーカーの場合は新しいパーツに交換して内部処理し、何事もなかったような顔ができます。(だからメンテ料は割高なんです)

お客様、当工房では作業には万全の注意を払っておりますが、やむをえず小傷や打ち傷などがムーブメントや外装などについてしまう場合がございます。その際には、どうかご容赦くださいませ。


裏蓋を閉じてムーブメントの組み立て調整は完了。あとは歩度の測定をひたすら所定の時間をクリアするまで行って、一連のオーバーホール作業の出来上がり。

あくなき理想のオーバーホール作業を目指して、毎回励んでいきたいと思います。人間は誰しもミスをします。ただし、ミスそのものを悪と決めつけてもそれはないものねだりです。そのミスを次に活かせるかどうかが、人間にとってはより重要な値打ちなのではないでしょうか。次のオーバーホールに活かせることは毎回必ずあります。


最終特性 クロノグラフON (全巻き)

左上)文字盤上 振り角 296° 歩度 +005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 296° 歩度 +005 sec/day

左下1) 3時下 振り角 281° 歩度 +004 sec/day

左下2)12時下 振り角 273° 歩度 +004 sec/day

右下3) 3時上 振り角 270° 歩度 +007 sec/day

右下4)12時上 振り角 272° 歩度 +005 sec/day


最終特性 クロノグラフOFF (全巻き)

左上)文字盤上 振り角 296° 歩度 +007 sec/day

右上)文字盤下 振り角 306° 歩度 +006 sec/day

左下1) 3時下 振り角 287° 歩度 +005 sec/day

左下2)12時下 振り角 287° 歩度 +005 sec/day

右下3) 3時上 振り角 285° 歩度 +008 sec/day

右下4)12時上 振り角 286° 歩度 +006 sec/day

ああ、これで良いですね。これでまた3〜4年も使えばだんだん油が乾いて歩度も遅れて、次にメンテナンスするときには冒頭のような性能にまた戻ってくるでしょう。機械式時計とはそういうものです。ギリギリ日差ゼロで出せるのはメーカーが新品で出す時だけです。あとは年々あちこち具合悪くなる。人間の身体とおんなじですね。(苦笑)


完成

さいごに。かれこれ15年近く使っております。他にも時計は持っておりますが、この10年位はずっとコイツを愛用しています。外装はかなり小キズが目立ちますが、研磨などはいたしません。オリジナルのシルエットや雰囲気が失われてしまうからです。メーカーによっては表面を研磨したあとにメッキしたり何か特殊加工したりして、キズがつきにくく摩耗しにくくなる処理などがされていることがあります。そういうところも当工房でのバフ研磨や手仕上げでは正確に再現できません。年月と共についてしまった小傷などを含めて、良い時計には風格が備わっているものです。共に人生を歩んだ記憶ですから、わざわざ手間をかけてヘンテコな別物にするわけがないのです。

今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】