ロレックス デイトジャスト

ROLEX|DateJust Ref.162xx

ロレックスのデイトジャストのオーバーホールです。コロナ禍で世の中の消費マインドはすっかり冷え込んでおり、仕事がありません。ブログも更新が滞っておりますが、だいたいの修理パターンや代表的なムーブメントの搭載された主な時計は、過去に当ブログでほぼ出尽くしたと思います。世相をみまして当工房から掲載をおすすめするのも止めました。意識的に事例あつめをするのは工房設立5周年を機に卒業したいと思います。今後は量より質へと内容を深化させることを目指します。


ロレックス・デイトジャスト

まずは分解前の歩度測定から。一部の姿勢でわずかに遅れが見られるものの、おおむねどの姿勢もよく揃っております。振りもしっかり出ており、十分に精度が出て日常に使用できる状態と思われます。いつも言っていることですが、調子がよい場合であっても3〜5年に一度は定期メンテナンスとして、オーバーホールを実施することが必要です。動くからといってノーメンテで使い続けると、いざダメになった時にはもうオーバーホールのみでは直せません。あちこちパーツ交換が必要になって、ロレックスなどはパーツ代だけで何万〜何十万円とかかってしまいます。当工房では受付できず、お見積もり不可でご返却となることもあります。その場合は日本ロレックスなど正規のサービスセンターでないと修理できません。


時計のムーブメントを分解して洗浄したところ。このようにひとつひとつのパーツを全部ならべるまで分解しないと、パーツの細かな部分まで状態をチェックできません。当工房では時計のお見積もりをする際にも、オーバーホールと同様にここまでムーブメントを分解することがよくあります。タイムグラファーなど歩度測定機では時計の動作状況が把握できなかったり、明らかに異常と思われる兆候がみられた場合などです。不具合の箇所を特定し、交換が必要なパーツは前もって把握します。正確な費用をお見積もりするためには必要なこととなるため、手間をかけます。このため当工房では見積もり無料にはできません。お客様がサービスを進行せずキャンセルした場合に見積もり費用をいただくのは、オーバーホールと同等の作業コストが生じるためです。


洗浄したパーツのうち、バランスのみを最初に組んでひげぜんまいの調整を先に行ってしまいます。組み付け手順としてはバランスは一番最後にくるものですが、地板に他のパーツを全部組んでしまうとバランスの調整がやりにくくなります。ひげぜんまいは、あらゆる角度からみて状態をチェックする必要があります。当工房ではおなじみの手順ですが、他店様や私以外の時計師がどのような方法やプロセスで作業をするかは必ずしも同じとは限りません。もちろん、ある程度は最低限やるべきことは決まっておりますが、どこまでの水準でどれだけ手間をかけるかは担当する職人次第ということの違いが大きいと思います。それゆえ、作業の巧拙次第でその後の時計の性能が変わったり、使用感などが調子の差となって表れたりするわけです。


ひげぜんまいの水平出し(上)と中心出し(下)。ひげぜんまいは、軸に対して完全に水平方向へと渦を重ねて広がっていかねばなりません。かつ同時に等間隔の距離を保ちつつ、渦を形成する必要があります。数学的に限りなく完全なアルキメデス・スパイラルになるように調整してやる必要があり、人間の目で感知できるほどの違いがあれば、必ず時計の歩度に狂いとなって表れます。非常にシビアなもので、目で見てもう分からないほど正確にすることができたとしても、完全に理想的な歩度にはなりません。このあたりのことは時計理論などの専門書には詳しく解説されておりますが、それは本にまかせておきます。実際上はひたすら理想曲線を求めて、ピンセットを握って目と指先に全神経を集中させる作業です。理屈はどうあれ、できるかできないかは職人の力量次第です。


香箱に洗浄したゼンマイを巻き直して注油したところ。バランスのひげぜんまいほどシビアではないものの、ゼンマイにも理想の曲線というものはあります。それは、ゼンマイを完全に巻き上げてから、やがてゼンマイがほどけて動かなくなるまで、なるべく一定のトルクエネルギーを放出させることが目的となるため、同じゼンマイの仲間のようでいて実は似て非なる理論のものです。理屈が全てではないけれど、頭の中でゼンマイの巻き上がる時、解けていくとき、解け終わった時、それぞれどこにどんな力が働いていて、どんな方向へと動くのかイメージできる力は必要です。その動きが細かいところまで読める時計師ほど、機械の気持ちがわかるものです。それは作業の結果に反映されます。香箱の扱いひとつとっても、作業を行った人の人間性が出ますし、別の人が見てわかります。


地板にムーブメント本体を組み立てていきます。注油が済んだ香箱から、2番車〜4番車、ガンギ車までの輪列を組み付けしていきます。バランスにしろ香箱にしろ輪列の歯車にしろ、理想の状態になるよう調整するわけですが、時計の経年の使用によりやがて状態は製造時と比べて劣化していきます。それをどこまで理想の状態に戻すよう再調整できるかが、時計師の腕の良し悪しといえます。バランスのひげぜんまいいじりが得意な人もいれば、歯車の振れ取りがうまい人もいます。ほかにも時計の調整技術には叩いたり曲げたり伸ばしたり削ったり、、、いろいろな技とそれを巧みに組み合わせた作業要素に分解できますが、全てにおいて完璧という人はいません。何をどこまで、自分の理想をどれだけ高く保てるか。そこに向き合って理想を追求できるか。これは腕の問題であると同時に心の問題であると思います。


輪列の受けを取り付けて、歯車の動きなどをチェックします。歯車はただ回ればよいという単純なものではありません。香箱から生まれるトルクエネルギーを、極力無駄なくストレートに次の歯車へと伝達させることが必要です。そのために歯車同士のかみ合い量などはもとより、それに影響を与える要素として、歯車のホゾの状態、ホゾの入る穴石の状態、ホゾと穴の隙間(クリアランス)、歯車そのものの状態(振れの有無)などなど。どれかひとつに問題があっても、理想の力の伝達ができません。ここでも、最高の性能を求める時計師と、ただ動けばいいオモチャで満足する時計師とでは、その意識の差が完成した時計の精度へと影響を及ぼすのです。


アンクル(脱進器)とバランス(調速機)まで組んで、ベースムーブメントの組み立てはここでひと段落です。脱進器・調速機まわりは、歯車の輪列の部分よりもさらに細かい段階に動作を分けることができ、チェックするべき項目事項も何倍にも多い部分です。ここでその全てを書き出すと、ここまで費やした文章のさらに何倍もの文字が必要になるほどです。用語もさらに専門的になり、前提となる知識がないと意味が理解できなくなるほど複雑な動きを担う部分です。そのためいつも割愛するか、ごく限られたひとコマの紹介にとどめざる得ませんが、毎回必ずその全ての手順についてチェックを行い、私がこれで良いと思う状態になるまで工程をパスさせません。第一停止量、左右停止量のバランス、安全作用、アンクル中心、爪とガンギ歯の高さ、ガードピンと振り座の高さ、振り石の状態、、などなどに特に注意を払います。これで全てではなく、まだ他にもチェックポイントはありますが。(時計師でないともはや頭が「???」の世界の話だと思います)


ベースムーブメントの歩度をチェックします。分解前は縦姿勢の一部にマイナス3〜5秒程度の遅れがあったのですが、すべて0〜プラス5秒以内までに収まりました。バランスの振り角は、分解前の数値と大きく変わっていません。これは輪列や香箱の状態はもともとあまり劣化しておらず状態が良かったためと思われます。今回はむしろバランスのひげぜんまいの再調整などがオーバーホール作業の実施による差となって出ました。輪列についても、いつまでも古い油のままでは劣化や摩耗の原因となりますので、測定では数値に表れなかったからと言って、決して意義のないことではありません。定期的に新しい油へと交換することは、パーツの状態をより健全に保ち、寿命を伸ばすことにつながります。動いていてまだ使えるからいいやと油断して、そうして大半のユーザーは使い続けて時計をダメにします。一生モノの意味を勘違いされている方が多く、何も手入れせず一生動く時計ではありません。それは適切にメンテナンスすれば生涯に渡って使えるよ、という意味です。メンテにも出さず使い続けてダメになってから修理、ではもう遅いです。


ベースムーブメントが順調につき、カレンダー機能の組み付けへと進みます。デイトジャストのネーミングのもととなった、ロレックスの瞬間送り機構です。エアキング、エクスプローラー1など、カレンダー機構がないものはcal.3130となり、この部分のモジュールが削除されています。デイトジャストおよび、サブマリーナー 、デイトなどは実は内部のムーブメントは全て共通のものでcal.3135が入っております。およそ1988〜2015年頃までの27年間は、ほとんどこのキャリバー3135および、その派生機です。(クロノグラフであるデイトナや手巻きのチェリーニなど一部モデルのみ例外)現行の新型ムーブメントであるcal.323X系のものは、登場からすでに5年経ちますが、まだ当工房へは依頼がございません。新品で購入できるユーザーが極端に少なくなったことに加えて、アフターサービス部門を日本ロレックスに集約させる方針へと時計修理の業界全体として変化してきていることが挙げられます。


文字盤と剣付けをしました。針は等間隔にまっすぐであることを横からみてチェックします。0:00になったところでピシャっとカレンダーが変わることが理想ですが、実はこれがなかなか難しいものです。リュウズ操作による針の動きと、内部ムーブメントそのものが本来動かす針とでは、エネルギーの伝達経路が違います。また、分はともかく、秒単位まで正確に再現性のある機構かというと、そこまでの精度はもともと考慮に入っておりません。そのため、日によっては数秒程度の前後はあり得るということです。それでもやっぱり0時ピッタリに変わるようにするには、どうやればいいか。追求したくなりますし、現に毎回理想のタイミングを探るべく探求を続けております。性能には直接の関係のないこととはいえ、この辺りは一時計ファンとしてのロマンなども無視しているわけではありません。


ムーブメントをケースに組んだところで、「おや?」と思われる方もおいででしょう。実物のロレックスを所有している方ならすぐお気づきでしょうが、ロレックスにシースルーバックのモデルなどありません。かといって偽物というわけではく、裏蓋だけをアフターマーケット(社外品)に交換した一部改造品とでも言うべきお品です。私は若い時に上海へ時計修理の修行を兼ねた出稼ぎに2年ちょっとほど出ていたことがあり、人民元の給料で生活していました。現地ではベゼルがダイヤだらけのロレックスとか、文字盤やブレスレットが金無垢でダイヤがびっしりとかいう、もはやブランドが何なのか分からないような社外品など日常茶飯事で、中国の経済の勢いのすさまじさを見せつけられ、その成長スピードを肌で感じて日々を過ごしてまいりました。その頃に比べたらこんなのは可愛いほうでしょう。ニセモノやコピー品は受付しておりませんが、要するにあくまで内部ムーブメントが本物かどうかが重要です。本物のパーツに交換したときに不具合の出てくるようなシロモノはダメということです。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 294° 歩度 +005 sec/day

右上)文字盤下 振り角 291° 歩度 +005 sec/day

左下1) 3時下 振り角 272° 歩度 +002 sec/day

左下2)12時下 振り角 265° 歩度 +004 sec/day

右下3) 3時上 振り角 261° 歩度 +005 sec/day

右下4)12時上 振り角 269° 歩度 +004 sec/day

平姿勢では約300度、縦姿勢もおおむね260度以上でており、歩度も全ての姿勢で0〜プラス5秒/日に収まっています。cal.3135の典型的かつ理想的な精度が出ております。国産の高級時計などは10年も使うと同じ精度が出ないほど劣化してしまうものばかりですが、ロレックスは何十年と使っても正しくメンテナンスを行うことで製造時の精度を高く保つことができます。やはり世界的に認められ評価の高いスイスの機械式時計はちがいます。国産品も製造直後の精度の高さなどアピールして頑張ってはいますが、モノとして何十年と使い込んでいくと差があることが分かってしまいます。追いつけそうでそう簡単には追いつけない技術の差があります。カタログスペックを比較するだけの人には気づかない歴然とした事実です。


完成。

当工房の修理の方針や考え方などは、過去のブログで十分にアピールできたと考えております。これらをつぶさにお読みになれば、サービスのご利用に際しての判断の材料になるだろうと思われ、またそれがブログとして修理記録を公開する目的のひとつでもございます。いたずらに件数ばかり追う考えはなく、商業的にもSEOなど検索エンジンの上位を目指したい欲もございません。ただひたすら、当工房の考えるサービスポリシーをご理解いただき、ご利用いただけるお客様と、今後も末長いお付き合いをさせていただきたいと考えております。

今後は、これまで発表されていない機械やモデルなどのご紹介と合わせまして、これまですでにブログ掲載オプションをご利用いただきました個体についても、その後『2回目』『3回目』、、、と後日談が続くような形で再掲載の機会があれば、ぜひにでも掲載させていただきたいと考えております。それにより、何回メンテナンスを行おうとも見た目に変わらない部分(変わってしまった部分)、性能が維持できる部分(できなかった部分)などが見えてきて、面白い内容になるのではないかと考えております。

ともかくも、まずは世の中のコロナ禍がいちはやく収束へと向かい、すみやかにかつてのような日常が戻ることを祈りたいと思います。

今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】