セイコーダイバー

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2017年10月に当工房にて修理したセイコーダイバーの、3年半ぶりのオーバーホールご依頼です。前回に引き続きブログ掲載オプションのお申し込みですが、2019年の7月に当工房のサイトリニューアルに伴い、古い修理記録はこの時計を含めて掲載停止した経緯があります。断腸の想いでしたが、そうせざる得ない事情がございました。今回はその辺のことに触れつつ、3年前の修理の状況を振り返ってみたいと思います。


セイコーダイバー

まず、分解前の測定から。こちらは3年前に記録した修理する前の状態です。振りも出ておらず、姿勢によって歩度もバラバラでメチャクチャな状態でした。


今回の分解前の測定です。3年前に修理完了したときの性能とほとんど同じままでした。ご依頼主様いわく「月に何度か山に登る時のみ使っています」とのこと。この時計はお母様に進学のお祝いとして買ってもらったもので、思い出のアイテムとして残してある大切なお品と前回に伺っておりました。他に普段お使いの別の時計があるというわけです。なるほどそうかと思っても、時計師としてはついつい「なぜあんまりお使いにならなかったのだろう」という点が気になるときもあります。


内部を分解して地板の穴石を拡大したようす。こちらは3年前の記録で上は洗浄前、下は洗浄後。洗浄前はいずれも油が乾ききっており、黒いカスが穴石にこびりついているのがわかります。


そして今回の分解・洗浄前のようす。油が2番車と3番車にはまだ十分に残っているのが見て取れます。穴石の状態もホゾの入る穴付近をのぞけば前回洗浄したピカピカのままです。ガンギ車の穴だけは油が乾いて少なくなっています。差した油の量が少なかったからでしょうか?

いいえ、ちがいます。実は差す油の種類がまったく違うのです。2番車や3番車は強いトルクに向く耐圧性の高い油で、ガンギ車のホゾには耐圧性よりも動きの軽やかさや低負荷の特性に向いた粘性を抑えた油が使われているのです。そのためどうしても乾きやすく、一定の年月(3年以上)が経てば、その時計を使っていようといまいと乾いてしまうのです。


こちらは香箱をあけたゼンマイのようす。3年前の修理時は、この部分の油も完全に乾ききって、ドス黒い汚れカスだらけの酷い有様でした。かつて当工房にやってくるオールドセイコーの時計はこういうものばかりでした。そして、よほど他に引き受ける店がないのか、修理のご依頼が殺到して、修理完了まで3ヶ月以上待ちの状態が慢性化してしまっておりました。


こちらは今回のオーバーホール前と後のようすです。汚れ方がまるっきり違うことがハッキリ見てとれると思います。本来、3年程度のご使用ではほとんど汚れず、油もまだちゃんと残っているのです。香箱のフタを開ければ、どれほどの年月にわたってメンテナンスされていないかなどおよそ見当がつきます。


香箱の内部は油の切れた状態で長年にわたる酷使の結果、ガタガタでした。これは3年前に香箱を打ち直して、穴を修理しているところです。ゼンマイも取り出して洗浄しますが、ベンジンカップは一発で真っ黒になり即廃液です。こういう案件は都度ベンジンを新しくしないと他の作業には使えなくなるほど汚れます。時計修理の3Kなるものがもしあるとすれば、『キタナイ』『クサイ』『キモチワルイ』だろうと思います。汚れとベンジンのブレンドした匂いが部屋に充満すると、気分がよろしくありません。お手手まっくろ。恐ろしくて米も研げません。(独身者なので飯の支度ができないと困る)


お次はバランスを分解して振れ見機にかけたところ。ひげぜんまいが巻き出しから完全に狂っており、水平に広がっておりませんでした。これも3年前の修理で精密で根気の要る非常に気力を消耗するピンセットワークを駆使して、どこに出しても恥ずかしくない嫁に仕立て直したのです。とにかくオーバーホール費用のみで古い時計など安請け合いすると、ろくなことはないと思い知ったのです。そのため、現在はこういう60年〜70年代を中心としたオールドセイコーをはじめとするアンティーク・ウォッチは、初回のご利用は原則として『すべておまかせコース』でのみ受付することにいたしました。


再びバランスを受けに取付けして、アオリ具合をみているところ。このモデルは『ヒゲ棒』というより、『ボトル』形状をしているセイコー独自の方式。しかも、受けドテの側にスペーサーのような突起があって、ひげをセットして閉じると強制的にスリットの幅が固定されてしまうタイプ。時計師の側でヒゲ棒を調整してスリットの幅を変えたりできない。なんだか小馬鹿にされたようで、時計師的にはあまり面白くはない。こういうイライラさせるような構造がオールドセイコーには多いです。日本の昭和の時計職人たちが真面目に取り組まなかっただろうことは想像に難くありません。


オールドセイコーファンには本当に申し訳ないですが、ブームの裏で私には過大評価というか時代錯誤にしか見えないことがあります。この全く装飾などされず、極限まで安く歩留まりよく大量生産しようという魂胆が透けて見える機械の、いったいどこが良いのかと。70年当時はクォーツの躍進により、機械式時計製造は性能とコスト競争にさらされ、ひたすら衰退の一途を辿る運命にあった、いわば斜陽産業とみなされはじめた時代です。そういう時代背景のもとに生まれた製品であるという視点が、完全に欠落しているように思えるのです。


アンクルを取付けしたところ。4番車が邪魔をして、入り爪のほうが見えません。4番車には一応丸い窓があって、そこに差し掛かったときだけチラッと一部が見えるのですが、いずれにしてもツメ石の調整はやりにくいです。時計師が再調整するための作業性などハナから配慮がされておりません。設計士>時計師のような、間違ったヒエラルキーで支配された社会のしわ寄せです。どこか職人を下に見るような風潮は江戸時代の士農工商の名残でしょうか。ドイツという国では職人は『マイスター』と呼ばれ、人々より尊敬されております。


アンクルそのものを拡大したようす。セイコーもクォーツを世に広める前の60年代までは、まだ少しは見るべきところのある機械を作っておりました。70年代になるとクォーツ部門にリソースを振り向けたとみえ、機械式は粗末な扱いを受け始めます。このアンクルのツメ石はそれを物語っております。シェラックは申し訳程度に流されていますが、そこに美しさや気品などは微塵も感じられず、もはや昔日の面影はありません。


パーツにも樹脂製のものが多くなります。クォーツ時計をコストダウンして量産化させる流れの影響であることは明らかです。上の命令でやれと言われたから。それ以外に何らかの理由や判断があったとも思えません。現場の人間もそうだったでしょう。「機械式時計とは」など下手に自前の哲学を語ろうものなら、叩かれるのが日本の企業社会です。その後、クォーツ式のほうはとうとう全部のパーツが樹脂やその他に取ってかわり、工場までが国内から海外に移転し、さらに今では人間ではなくロボットとコンピューターが作っています。


自動巻ブロックを裏返したようす。セイコーの開発したマジックレバーは、優れた巻き上げ効率を誇り、パーツ点数も少なくよくできた機構と思います。ここにも樹脂のパーツが進出してきました。「とにかく安く作れ」「大量に作れ」「セイコーに作れ」降りかかる無茶ぶりの数々に知恵を絞って応え続けてきた現場の苦悩が私には痛いほど分かるように思います。その結果、機械式時計としてはどうにも中途半端なつくりとなってしまった感は否めません。


カレンダー機構にも幅を利かせる樹脂製の歯車。これねえ、金属製とちがってやわらかいですから。取り扱いが雑だとボロボロに形がくずれちゃってダメになってしまうのですよ。長持ちしませんねえ。いくら安くなるのか知りませんけど、金属でしっかり作ればずっとメンテナンスして使えるはずのものが、この樹脂製にしたがために交換パーツの調達もままならず山のように廃棄されたモデルがいっぱいあるのです。もはや使い捨て時計といってよい構造ですし、クォーツ時計は実際その後そうなりました。安く大量に出回っているので、修理するより買い換えたほうが早い。それで得たものはなにか。失ったものはなにか。


そんなことは皆さん分かっていらっしゃるのでしょう。私なんぞがエラそうに講釈たれなくとも。こんなことは後の世になってから何とでも言えること。当時を生きてこられた方にとっては、この時計こそが伴侶であり、思い入れのある相棒であり、共に生きてきた証であったことでしょう。その想いを酌むなら、せめて今の私の持っている技術でお役に立てることはやりましょうと。

そんな心意気で取り組んでおり、それは商売を始めた時と今でも変わりはありません。しかし、私ひとりで可能な対応件数には限りがあり、時間は無限ではありません。アンティークウォッチの修理の需要はあるものの、利用者が期待する料金と実際にかかる作業コストはかけ離れていると強く感じます。そのためサイトリニューアルと同時に料金メニューを明確に分けました。オーバーホールのみで済むものとそうでないものを区別し、それぞれに応じた料金設定を行いました。それにあわせて古い修理記録も大幅に削除する必要がありました。今回の時計の3年前の記録はまさにそういう事例の典型例だったのです。


ケーシングまで来ました。ちょっと今回は辛口すぎたかも知れません。オールドセイコーにも良い点はありますよ。ケースとかものすごくサビにくいステンレスなんですけど、スイスでも持っているマニュファクチュールが少ないほどの設備で作られています。半世紀前にこんなものが作れた国は、当時ヨーロッパなど欧米をのぞけば日本だけだったと思います。アジアの近隣諸国は日本が戦前に作っていたようなレベルの時計すらまともに製造できなかった。そういう点では決して世界的に遅れをとっていたわけではありません。しかし、その後の機械式ブームの再来を経て、今日ではすっかりスイスをはじめとする諸外国の後塵を拝する分野に成り下がってしまったように思われてなりません。その轍をみる気がいたします。


だいぶもうくたびれた時計ですので、オートワインダーにかけながら実測値をみまして。日差がだいたいプラスマイナス・ゼロ付近の結果になるときの特性がこんな感じでした。これくらい古い時計になると、タイムグラファーの弾き出す数値そのままでは調整できません。時計理論を弁えた時計師の経験と勘により調整する必要があるのです。ときにはご依頼主様の何気ない一言が決定打となることもあります。なぜ、あまりお使いにならなかったのか。今回はそこに答えが隠されていたようでしたが、敢えてその中身はここで申し上げずにおきましょう。笑


完成。 3年前(左) 今回(右)

見た目にはこれといって何も変化はございませんでした。しかし、内部ムーブメントの状態はご使用の年月にともなって日々刻々と変化をし続けております。これまでと変わらない姿で、いつまでも一緒に時を刻む。そのためのサービスをご提供して、時計オーナー様のお役に立てれば幸いです。リアルタイムに今回のようなセイコー製品をお使いだった方には、今やセイコーサービスセンターですら受付されない修理の窓口として。これから機械式時計の深遠な(?)世界に足を踏み入れようと画策されている若い方にとっては、時計師視点から見たメカニックの実態を知り得る情報源として。口は悪いが機械を愛する職人の端くれが今日もキズ見越しに鋭く視線を投げかけます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。