Sinn ジン・クロノグラフ

Sinn 303 autobahn

ジンの303アウトバーンのオーバーホールご依頼です。前回2016年9月に当工房にてオーバーホールを行なっていて、今回2回目のご利用です。実にちょうど5年ぶりの再会となりました。嬉しいですねえ。あまりに嬉しかったので、ピックアップ投稿として載せちゃいます。やっぱり時計は使ってナンボです。メンテナンスのタイミングも理想的で、典型的な好事例です。


ジン・クロノグラフ 303 アウトバーン

分解前のやつです。少し遅れてきてますが、極端に破綻した姿勢はなく素性の良さが見て取れます。よほど前回の手入れした業者が良かったのでしょう。(手前ミソ)

実は、ご依頼主は前回『ブログ掲載オプション』をご利用され、ブログにもこの時計の修理記録を掲載しておりました。当時はまだ当工房もオープン間もない時期で、今にして思えば若気のいたりというやつでして、とにかく来るもの拒まず的になんでもかんでも引き受けては、今の価格設定からは考えられないような廉価でバンバン修理してブログにも載せまくっておりました。

ほどなく、あまりにも技術を安売りすると、とんでもない目にあうことを学習しまして。(苦笑)

運営方針の変更やら何だかんだで、相当数あったブログ記事も多くを泣く泣く削除する羽目になったわけですが、ご利用になった方々には本当に申し訳ないことをしたと思っております。この方の記事は内容としてはそんなに今の営業方針とズレたものでもなく、自分でも何で削除したのか分からない。(おい)

こうして再びご利用いただけたことを良いことに、せめて罪滅ぼしのつもりでピックアップ投稿として掲載させていただくことにいたしました。


ご依頼主いわく、自動巻が稼働していないようだ、との事。さっそく内部を見ていきましょう。これはムーブメントから自動巻のローターのみ外したところ。中央のローター軸のすぐ左下あたりに見えるのが切り替え車と、その確認窓です。

丸い窓から見える切り替え車の一部に、よく見ますと細い板バネのようなものが歯車に向かって突き出ているのがわかると思います。この板バネが、ノコギリ状の切り替え車の歯と噛み合うことで、順方向には滑って回りますが、逆回転しようとするとノコギリの谷間に板バネの先端が噛み合って、動きを止めるような構造になっております。これはローターでゼンマイを巻き上げる時だけ動力を伝え、手巻きしてゼンマイを巻く時には、その力でローターまで同時に回転してしまわないよう、手巻きの力を逃がすような役目をしております。単純な機構なんですが、役割は重要です。これが正常に機能しないと、ローターの力が逃げてしまい、うまくゼンマイを巻き上げ続けることができません。


自動巻ブロックの受けを外したところ。切り替え車と板バネは、このような位置関係です。板バネがノコギリの歯と噛み合っておらず、わずかに隙間が空いて浮いてしまっているのがわかります。これでは正常に機能しません。


板バネのみを取り外したところ。根元で折れてしまって、取れかかっていました。たったこれだけの本当に金属の板なんですが、なにしろ時計の部品というものは精密でして。適当な間に合わせ品などを自分でこしらえて直そうとしますと、、、。

それで直らないこともないですが、だいたいまたすぐ壊れます。(苦笑)

タダの板バネに見えて、非常に精密な寸法で作られておりますので、適当なやっつけ仕事で代用しようとすると、後々また不具合の元になってよくありません。

こういうものは、「何でタダの板がその値段!?」と言われようと、オリジナルの純正パーツを使って交換するのが結局いちばん確実で、後のトラブルにもなりません。今回ももちろんオリジナルETA純正パーツで交換しました。最近はチャイナ製のさらに廉価な『ジェネリック』と称した安いパーツも入手できますが、当工房ではそういうものはなるべく使わない方針です。よくできているようで、よくありません。(笑)微妙に寸法が違ったり、素材や加工方法が違ったりで、長く使える耐久性なんかはオリジナルの比ではないです。そういうことを使ってみて知っております。(上海修行時代に嫌というほどね)


板バネを自動巻ブロックに差したところ。ほんとに差すだけ。

ところが、ちょびっとでも(それは1/100mm云々の世界)寸法が違うと、キツすぎて受けの穴を痛めてしまったり、少しでもゆるければ、今度はキチンと差さらずにゆるゆるで、すぐ位置がズレて役に立たない。

ピッタリと差さって、ビクともしない。そういう鳥肌ものの出来で、時計のパーツというものは全てが構成されております。


修理前(左)修理後(右)

板バネがノコギリ歯にキチンと噛み合うようになりました。

ローターの動きもこれで直って、ゼンマイを巻き上げることを確認。ちなみに、ローターが回転してゼンマイを巻き上げるときは、チリチリという音がしたり、手巻きするときにシューと音がしたり、いろいろな『音』がするわけですが、こうしたパーツが動いたり滑ったりで奏でる音であるわけです。日ごろから、正常な動作のときの『音』も聞いて覚えておくと、いつもと何だか違うときに気づきやすくなると思います。時計のムーブメントから聞こえてくる様々な音にも気を留めておきたいものです。


すべてのパーツの分解と洗浄が済んだところ。今回は板バネ交換しただけで、特にほかはやることもなく。これも、きっと前回手入れした業者が良かったおかげ、、、(いい加減にしろ)


ムーブメントの組み上がったようす。

冗談はさておき。中身のムーブメントの状態さえ良ければ、オーバーホールなんてものは、本当にパーツ洗って組み直して、油さしたら出来上がり♪

へんちくりんな時計師が、余計なことさえしてくれなければ、こーんな楽な仕事ないですよ。

だから時計師は、なるべく自分のやった同じ時計が何度もメンテナンスに来て欲しい。

誰がやったか分からんようなものは、何かとホネが折れます、、、。


ご依頼主さまは、うっかりカレンダーの切り替わるタイミングで、日付送りをしてしまったとのこと。それで今回の不具合も心配されておりました。

幸い、カレンダー機構には何ら不具合もパーツの損傷も見受けられず。まあ、正直にうっかりミスを申告されるような方ですから、普段の行いが良いのでしょう。

(下手に隠し通そうとするヤツの時計に限って、だいたいパーツ壊れてます)

(そして、強硬に「オレは何も知らない」と言い張ります)

(そして、「オレは悪くない」「アンタが悪い」と、、、ブツブツ)


文字盤と剣つけまでしたところ。オレンジに着色されたクロノグラフ秒針と12時間針が視認性の向上と共に、デザイン上のアクセントになっています。アウトバーンとはドイツ語で車に関係する用語らしいですが、不勉強にしてドイツ語はさっぱり(笑)

カレンダーもよく見ると、デイが【SAM】とか。サム? さむでー?

何曜日???(これで土曜らしい)


ケーシングまでたどり着きました。今回はら〜くらく♪気分もルンルンのうちに締められそうです。


歩度測定〜

っと、いつもはここで最終結果を発表なのですが、それももちろんするのですが、それに先立ちまして、これは実は5年前のオーバーホール完成時の記録をひっぱって来ました。振りは平姿勢で300度近く振っており、歩度も全姿勢でよく揃ってクロノメーター級の性能が出ております。これが5年もすると冒頭の分解前のような性能に落ちてくる訳です。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 287° 歩度 +004 sec/day

右上)文字盤下 振り角 290° 歩度 +004 sec/day

左下1) 3時下 振り角 262° 歩度 +001 sec/day

左下2)12時下 振り角 258° 歩度 +002 sec/day

右下3) 3時上 振り角 259° 歩度 +002 sec/day

右下4)12時上 振り角 266° 歩度 +001 sec/day

前回もクロノメーター級でしたが、今回は「これはロレックスか!?」というほどの、ガチガチの高性能です。前回よりわずかに歩度をゼロ付近に少し寄せてみました。

こういう調整は初見の時計にはまずしません。ギリギリにあわせて何年もつのか、わかったものではないので。今回の事例のように、オーバーホールが2回目以降のご依頼ならば、前回の記録を頼りに数年後がどうなっているのか、『わかる』のです。ですので、より攻めの踏み込んだ調整ができます。

いつもご利用いただくお客様にサービスしたい思いもあります。できれば時計は正確な動作であるに越したことはないですから。限界めざして頑張っちゃいます。

それにしても、ETA7750恐るべし。汎用も本気だしたらここまで出ます。

(くれぐれもお得意様向け鬼調整であることをお忘れなく)

今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】


さいきん世の中やんなっちゃうことが多すぎてね。

もう、なにを信じていいのか分からない。

オイラは自由気ままにひっそりと。人目に触れないようにひっそりと。

この木と共にのんびり楽しく生きていくよ。