ウォルサム・バートレット16S

Waltham 16s Bartlett

工房主が個人で所有している懐中時計です。むかしオークションなどで手に入れた古いムーブメント単体とかケースとか、アッセンブリーして組み立てたものです。その記録。


ウォルサム・バートレット 16サイズ

話は私が時計師を志して時計学校の門をくぐったあたりにさかのぼります。最初はすぐに時計には触らせてもらえず、ドライバーの刃研ぎとか、工具の整備とか自分で使う道具を自分で作るところから始めて、それからようやく時計のオーバーホールの実習に入ります。それが懐中時計なんですね。もちろんこんな古い時代のものではなくて、現代でも流通しているETA6497という機械なんですが、その馴れ初めというか、そこで勉強したことがきっかけで懐中時計に興味を持つようになり。気が付いたら毎晩目を皿のようにしてeBayに入り浸っておりました。(笑)


それでムーブメントやら何やらずいぶん集めたんですが、そうこうするうちに学校のカリキュラムのほうが進んでいき、現行のリストウォッチの機械も整備できるようになって、興味がまたそっちのほうに行ってしまったりで。(流されやすい?)

気がついたら、箱にしまわれて押入れとか引き出しの奥で再び長い眠りについてしまっていたという。(笑)


去年の年末あたりに叔父の最新鋭オメガをやってから、そのあまりの性能の高さに衝撃を受けてしまい。

「なんだ、もう私の出番なんてないんじゃないか。。。」

と、しばらく不貞腐れて寝込んで、ポカーンと心に穴があいたような状態だったんですが。

意味もなく普段はやらないような持ち物整理とか、自分の部屋で家探しみたいなことが始まって、無意識のうちに空いた穴を埋めるように、何かを見つけたくなったのかも知れないですが。

仕事道具の断捨離とかしている中で、ふと奥に追いやられた小箱から出てきたのがコイツだった訳です。


「お前さん、いつになったら私を組んでくれるんだい?」

そんな声が聞こえたかどうかは定かではありませんが。

「そういやコイツら手に入れてからずっとそのままだったなあ。どうせコロナだか何だか世の中めちゃくちゃで客はこねーわ暇だわ、オマエらの相手でもしてやっか」

と、始め出したら止まらない。

これは手持ちの複数のムーブメントから選んで、ケースにとりあえず仮組みしたところ。いわば着せ替え人形の時計版。(それで風防だのゼンマイだの何だの机は散らかり放題)

「お、ピッタリじゃないか。手始めにコイツから片付けてやるか。」


実は、これはケースのほうが入手が先で、やはりeBayで見つけて半ば衝動買いしたもの。『14K』のみの短い説明で、つまり金無垢。製造元や国によっては仰々しい刻印やら、0.585など千分率がついたり、メーカーのロゴが入ったりしますが、『A.W.C. Co. 102988』と製造番号らしきものがあるだけ。本当にコレ金無垢?

当時、ケース単体のみで風防さえついてないにもかかわらず、10万円以上した記憶が。いや〜。今なら絶対買わないよ。(買えないよ)


ニセモノだったらどうしよう、とか。散々オークションの怖さを知った今となっては、金地金モノなど論外ですねえ。

子供の頃、絵本か何かで刷り込まれた『金』への憧憬というのでしょうか。とにかく立派な金時計というものが、1個でいいから自分も欲しかった。宝物。たからもの。タ・カ・ラ・モ・ノ


じゃ〜ん!

表側はこのように立派な彫り物があり。これをパッと見たときにイチコロでやられました。

画像ではともかく、実物を手に取れば本物の金かどうかはある程度わかるので、手元に届いて「ほんとに14金ケースだぁ!」と感動したり、その後同じA.W.C co. 14Kのケースが『Gold Filled』(表面だけ薄い金でメッキよりは厚い)として出品されているのを見つけて、激烈に凹んだり。。。まぁ、おめでたい話です。私にも物欲に負けたごく普通の小市民的な時計ファン(失礼)のような、そんな過去があったのです。(笑)

それで、このケースに合うムーブメントを探そう、ということになり。

すると途端に色々な問題が出てくるわけです。サイズはもちろんのこと、どんな機構でも良いわけではなくて、このケースはオニオン竜頭で、四角い棒のような巻き真がついていて、、、?これは何?

とにかく最初は知らない・分からないことだらけ。

結局、ケースを作ったメーカー名から年代から地域から、ありとあらゆることを調べ上げることになり。どうやら19世紀末〜20世紀初頭ごろに主にアメリカが中心となって製造されたムーブメント用のものだということが分かり。

さらに当時のメーカーにはウォルサムがあって、エルジン、イリノイ、ハンプデン、、とか、アメリカだけでも色々あって。私が知ってて今も残っているブランドは辛うじてハミルトンくらいでした。

16S(サイズ)というのがアメリカ式の懐中時計の規格だというのを知ったのも、ムーブメント集めをしたのがきっかけ。このケースは16S用なんですね。スイスとかヨーロッパだと、リーニュ(Ligne)という全く別の規格がある。イギリスとスイスでもまた色々と違う。


その中で、ウォルサムというのがやはり一番アメリカを代表するようなメーカーなのかなと。詳しくは歴史やら製品やら今やネットにいくらでも情報がありますので、ここでは触れませんが。私もそういったものを見聞きして、今回のバートレットに白羽の矢を立てたわけです。ほかにもリバーサイドなども候補にあったんですが、同じ16Sでも微妙に径や厚みがモデルによって異なっていたり、製造された時代によっても違うんですね。たまたまこのケースにピッタリ合ったのが手持ちの中ではバートレットだっただけの話。

幸運だったのは、アメリカ式はこんなふうにムーブメントとケースをあれこれ組み合わせて着せ替え人形遊びみたくできることが特徴のひとつとなっている点。オークションでは懐中時計ケース単体で、スイスやイギリスのものもたくさん出ています。しかし、そちらは相当レンジが狭くて、ある特定のモデルだけしかぴったり合わなかったり、レバー式だのピンセット式だの、あれこれ式が多すぎて、余程の事情通でもない限りはケースだけ見てそれに合うムーブメントが何だか言い当てることは至難の業です。(くれぐれも勘違いして真似しないでください)

ほんとに衝動買いとはいえ、なんという浅はかさ。(笑)

ムーブメントに至ってはさらに何も考えていませんでした。


これ、バランスを外して裏返したところね。はい天真折れてます。こんなものなら今でも二束三文で手に入る。自分は時計師になるんだから直すのはワケはないはずだ。

、、、若いあの日にはそんな気持ちもあったでしょう。ぶっ壊れている機械ばかり集めました。

ムーブメントも当時は見た目で選んでいましたね。とくにウォルサムはじめアメリカの懐中時計は、それまでのヨーロッパで作られていたものとは異なる独自の表面仕上げや模様などが画期的であり美しく、目を引くようなものが多かったことも影響していると思います。パーツの製造方法などが初のオートメーションによるものだとか、そのため工作精度がより均一でありスイスの屋根裏族の作ったパーツとは根本的に違うとか、そういう知識はずっと後になって知りました。

『NOT RUNNING』とか『AS IS』とか、そんなお決まりの売り文句には目もくれず。とにかく直感的に「これだ」という機械ばかり集めておりました。今でもウォルサムあたりはオークションに山ほど出ており、同じ機械が見つかります。当時アメリカ全体で年間数百万個とか人口に比して多すぎるほど(無論多くは輸出された)懐中時計の生産量はピークを迎えており、今で言えばスマホや自動車並みの花形産業でした。それだけ数多く作られたため、1世紀を経た今なお中古品として世界中の市場に流通しているわけです。場所もとらないし自動車みたいにスクラップされたのは純金時計だけでしょう。売れるならいくらでもいいってので、机の奥から出てくる。それを30ドルとか、ほとんど捨て値のものを狙って。何しろケースの金で予算は使い果たしていたので。(笑)


新しい天真に交換する。これも昔の時計師なら自分で作ってしまうことが芸のひとつだったと言われております。腕時計が主流になった現在では、メーカー側で天真はじめ時計のパーツは個別にパッケージ化されて、修理を想定した在庫を用意するのが当たり前になったせいか、時計師で天真を作れる人はごく少数になってしまいました。(そもそも修理してまで使おうとする人さえ少ないご時世だ)

私も一応は時計旋盤を持っており、天真も時計学生だった頃に作ったことがあります。

でもまあ、手に入るなら買ったほうが早いです。(笑)

天真はCNC旋盤でサードパーティからも大量生産されております。ウォルサムのように今は実態からなにから当時とは異なったメーカーになったり、市場から消えてしまったものでも、人気の高いブランドのものは手に入ります。少し値がはりますが、当時のウォルサム・オリジナルのパーツさえ残っているほどです。それで価格はせいぜい2倍くらい。3倍と違いません。


上がBESTFIT製のもの。10ドルとかそんなもの。下はオリジナルと思われる天真。両ホゾの肩の出っ張り具合と面取りのアールなどが違うほかは、取り付け部分がまさしく寸分違わずオリジナルと同じ。1/100mmと違わない。おそらく1/1000mmも誤差はない。要するに十分使えます。

これを自分で作るとなると、なかなかこうはいかないです。朝から晩まで毎日天真ばかり作っているような人ならともかく、ちょっと旋盤工作に足を突っ込んだくらいの腕前では、1個つくるのに半日とかまる一日がかりになります。とても割に合わないです。経験上この手のものは、5/1000mm 以上どこか寸法が狂っただけで、もう性能でません。そのくらいシビアなものです。

WOSTEPの旋盤中間試験で要求された、ピボット・ゲージの精度が、やはりこの公差1000分の5ミリ以内ってやつでした。(なんとかクリアしたけど、二度と作りたくないよ笑)


こちらは取り外した天輪のみの状態。バイメタル切りテンプとか呼ばれているもので、真鍮がつかわれております。保管状態が悪かったものなどは、こんなふうに緑青が吹いてしまっていたりします。これをつまようじの先に研磨剤などをつけて磨いて落とします。

これだけでも正直かなり時間をとられます。作るのは機械が量産していますのであっという間です。のちの世になって整備に回って修理されるもののほうが、新しいパーツを作るよりも余程に手間も時間もかかります。しかも、それだけ手間暇かけても完全にオリジナル通りには戻りません。

よっぽど何か理由があって、この時計でなければならない、というものでなければ普通やらないです。実際、当工房でも基本はパーツ交換で、パーツ交換できなければ『すべておまかせコース』で同等品からパーツ転用します。


研磨途中のようす。緑青による変色が完全にはとりきれない。アミダの部分および輪の内側は鉄製であり、こちらはサビています。

思い切って切削してピカピカにしたい欲求に駆られるものの、それをしてしまうと天輪の質量が減ってしまい、精度に影響が出てしまいます。バランスがおかしくなる可能性もあります。それに対応できる技術力があればともかく、なまなかには手が出ません。少しずつ色々やってみてコツや勘をつかむまで試行錯誤を繰り返す必要がありそうです。


完全に分解したところ。サビとりやら再研磨やらで、ここまでですでに1日が経過(苦笑)

なるべくブログに懐中時計を載せず、依頼があっても頑なに拒否し続けてまいりました。(そうだったのか!)

もうお分かりの通り、古い時計なぞ整備するのは、よほどのヒマ人か酔狂でもなければできないからです。例えば、こんな品を普通に『オーバーホールコース』などで受付したら、死にます。(実際、死にかかった)

なので、受付をやめた経緯は今まで散々折に触れて申し述べてきました通りです。


地板の穴石を拡大したようす。4番車(秒針)の穴石が割れています。

買い集めていた当時は、ここまで分解してよくチェックもしませんでした。いざ蓋を開けてみたらってヤツです。

自分でまいた種とはいえ、当時の私にドロップキックを食らわせたい。なんつーデタラメな品を集めてくれたものだ。キミ、あちこち欠陥だらけではないか。だいたい、天真が折れて動かない、なんていう機械は落とすかぶつけるか、余程に強い衝撃を受けたに違いないんだ。そうしましたら、ほかの部分だって壊れていたっておかしくないですよね?

、、、なんでそこに気がつかなかったのか。う〜ん。若気の至りとはこのことだ。苦笑


念の為、光に透かして見る。表面だけのヒビではなく、完全に割れていることを知る。

ちょっと期待したけど、、、やっぱダメみたい。これは交換ですな。

ヒビが入っているだけなら、そのヒビの入った場所によってはそのまま見て見ぬフリが出来る場合もある。力のかかる部分かそうでないか、ホゾの当たるところじゃなければ大丈夫なこともある。

はぁ。致し方なし。潔く交換とする。


こちらはバランスの天真ホゾを受ける保油機構。耐震装置ではない。

リストウォッチが出回りだした頃、スイスの時計業界により耐震バネのついた耐震装置が発明される前までは、このように金属枠に穴石と受石をそれぞれ埋め込んだものを張り合わせて地板と天受けに組み付けているのみのものでした。

このため、落下など強い衝撃が時計に加わると、ホゾは折れるわ、石は割れるわ、手痛い出費が待っていたわけです。

、、、って、これも交換〜!?  もう。


こんなこともあろうかと、穴石・受石セットは用意してあるのです。これを豪勢に使ってしまおう。

色々な径や穴の大きさ・タイプごとに、ルビー石が揃っております。

ところがこれ、ケチなことに各サイズごとに1個づつしか石が入ってないんです。使ってしまったらそのサイズはおしまいなので、なるべく使わないでいたい。(妙な矛盾をはらんだ修理道具だ)世界樹のしずく的な。(知らない人すまん)

しかも、今では製造されておらず、この品自体が中古品です。同じく時計やケース集めしていた頃にオークションでたまたま見つけて買ったものですが。これまたべらぼうに高い。1円スタートでもあっという間に5万円相当以上になる。それ以下の価格での出品や落札を見たことがない。おそらく同じ時計師かマニアとおぼしき参加者が応札しているのでしょう。ニッチながらひそかに需要があるアイテムでもあります。

これも懐中時計をなるべく受付したくない理由。だいたい壊れて修理に出てくるモノって、似たようなブランドの似たサイズの製品ばかりになるんですよ。すると、ある特定の“人気のある”サイズだけがすぐ無くなってしまう。補充は効かない。すると、結局こんな豪華なセットもあっという間に役立たずになっちゃうんです。

なので、これは本当に最後の最後の手段。基本は『すべておまかせコース』の通り、同一ムーブメントからの転用に限る。(念押し)

今回?

これは、、、あくまで私の趣味なので。

(どうだ、古い時計の修理がいかに金がかかるかわかっただろう笑)


一通りあれこれやって、ムーブメントはようやく完成。ここまで丸2日。

まずはようやく動くことは動くようになったが、、、。


歩度測定。

なんじゃこりゃ。ダメダメで話にならん。


気を取り直して、再び分解。

実はバランスの天真を交換しているときに、気になっていた部分はいくつかあったのです。そのひとつが、ひげぜんまいの高さ。どうにもこれが高さが少しありすぎて、天輪に対してずいぶん受け側に浮かんでしまっておりました。これを緩和するためにヒゲの巻き出し位置などが故意に曲げられており、「なんでこんなに曲げてるんだ?」とは思いつつ、真っ直ぐに水平面になるように元に戻してしまったのですが、そこではじめて露見した欠点です。つまり、位置のギャップをごまかすために、わざわざ巻き出し位置が曲げられていたわけです。

なんだかなあ。


時計旋盤の出番です。

最近あんまり使ってなかったんですが、たまには使わないとダメになってしまうらしいので。(機械も腕も)

ひげぜんまいを再び元の「ひん曲げられた」状態に戻すのもなにか非常にシャクであり、それに元々が水平にまっすぐ使うべきものなのです。おそらく過去の修理でダメ職人が別の機械からひげぜんまいを付け替えたのでしょう。本人はうまく曲げてごまかしたつもりだったのでしょうが、そんなものを後生大事に素直に受け入れるほど人間が出来ておりませんので。

ひん曲がった根性を叩き直してやる!(なにか違う)


そこで、何を思ったのか、ヒゲをつけた天真を取り付けまして、、、。


「鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス」

びゅいいいい〜〜〜ん!

と、ヒゲ玉を削り落としてしまったのでございました。


減量前。減量後。

あらあ。スリムになって。ついでにピカピカになって。

この削ったほうを下にして再びバランスに組み込んでやれば、、、、。

(ふむふむ。)


あ〜ら不思議! おひげの高さが低くなったじゃございませんの。

と、まあ。ヒゲをひん曲げるのとどっちが良いのか分かりませんが。これも経験。とにかくやってみなけりゃわからない。失敗したっていい。これは金のかかったお客様の時計ではない。所詮我が身の物欲のなれの果て。

これが経験になって明日の修理に生かせれば、今日の失敗は甘んじて受ける。

(ちょっと格好イイことを言った気)


そして再びバランスを組んで、ひげぜんまいの具合をみる。

上は天真交換後。下はヒゲ玉切削後。

ヒゲ玉を削る前は、ヒゲは傘型に曲がってしまっているのがわかると思います。高さを調整したことで、明らかに水平になって改善しました。

まずはこれがひとつ。


バランスの水平と来れば、中心もついて回る。

こちらも手抜かりなく、目がぐるんぐるんの渦巻きになって、スーッと吸い込まれてしまうまで(この感覚、時計師じゃない人には分からないだろうなあ、、、)パーペキに整えました。

さらにさらに、、、。


保油装置の金属枠のほうにも問題が。

実はオリジナルの天真の軸のサイズに、穴石の穴の大きさが合っておりませんでした。原因は私のミスなのですが、石が割れてボロボロになった枠は、そのままだと継続して使えないんです。新しい石だけ嵌め直してやれば使えそうなものなんですが、再利用できないような方法で石留めされています。リストウォッチの耐震装置では受け石も穴石も枠ごと交換してしまうため気がつきませんでしたが、実は石の形状や留め方が違う。今回はじめて気がついたことです。

どおりで欧米ではリストウォッチ(Wrist Watch)=腕時計と、ポケットウォッチ(Pocket Watch)=懐中時計で、ことさら名称などを区別するわけだ?(時計の種類により呼び名が不自然なほど違う場合がある。例えばクロックClockとウォッチWatchは日本ではいずれも『時計』と訳されるが、欧米圏では厳密に構造の違う別のものであることを指す)

同じ16sのウォルサム時計の保油装置なら使えるだろうと、手持ちのバートレットではないものから拝借したところ、コイツが曲者でして。

穴の大きさが微妙に違うことに加えて、金属枠のサイズも高さなどが微妙に違う。それでも組もうと思えば組めてしまうので、よくよく両方を見比べないと気がつかないほどの差。

う〜ん。おそるべしポケットウォッチの世界。(あなたの知らない世界状態)


それで、旋盤かたがた、ついでに金属枠も自作することに。左がオリジナル。右が自作した枠に新しい石を嵌め込んだもの。

天真はともかく、コレくらいのものならさすがに朝飯前よ。

(と言いたいところだが、久々の旋盤作業で腕がガタ落ちしている事実に気がつき茫然自失したことは伏せておく)

コホン。

とにかくウォルサムの16sには、ピボットゲージにして、10、12、13の3つのサイズ(0.1〜0.12〜0.13mm)があることを調べてお勉強いたしやした。

なんだ、私、全然ダメダメですね。よくこれまで時計師やってましたね。

知らないことだらけだよ。


バランス受けにさっそく自作枠を仮組みして、油も差してみる。よい具合だ。

なんだか歩度測定の結果があまりに悪いので、ヒゲの高さだけではないだろうとあれこれ探してようやく判明したミス。本来合わせるべきサイズより、一回り穴の大きな石を使っていて、かつ枠のサイズもズレがあるとなりゃ、あんなメチャクチャな波形になるわけだ。これが逆で穴の大きさが小さい石を間違って使おうとすれば、天真が入らないので気がついたはず。なまじ大は小を兼ねるで、わずかに大きな穴だと入ってしまうから気がつきにくい。ケアレスミス。

それにしても、違いといっても毎度ながら穴径が0.12か0.13mmかの違いで、その差はわずかに1/100mmの違いである。時計の天真のホゾのピッチは、この1/100mmピッチで、下は9から上は15くらいまでが多い。腕時計ではさらに下のピッチもある。頻繁に顔をだす1/100mmの差の話であるが、むろん天真のホゾなどはたったそれだけの違いで全く本来の性能は出ない。それは先ほどの測定結果を見てもお分かりいただけたであろう。


さらに香箱のゼンマイにも疑いの目は向けられる。

歩度の乱れはバランスまわりに原因があることが多い。いっぽう、振り角が上がらないのは輪列や脱進器に起因することが多い。これはオリジナルのゼンマイです。昔のものはひげぜんまいも香箱のゼンマイも、いずれも青焼きのブルースチール(鋼鉄)でした。ひげぜんまいの場合はサビてさえいなければ鋼鉄の長所として半永久的に性能が保たれる(=そういう設計が可能な)のですが、香箱のゼンマイはそうはいかない(=設計上無理がある)モノです。

材料工学なんかにお詳しい方はご存知だと思いますが、鋼鉄の特性として、かかる力の限界点を超えない限り、半永久的に使えるという長所があります。短所としてはやはりなんといっても酸化しやすい(錆びやすい)ということでしょう。

ゼンマイはこの『力』がひっかかります。どうしても無理して曲げて狭い香箱に押し込めて、思いきり無理な『力』をかけて使いますので、耐用年数(寿命)があります。平たい話が、年月とともにへたって変形し、本来のエネルギーを生み出せなくなるのです。


 ゼンマイを取り出したところ。製造時の形状よりも渦が小さくなってしまっております。古い資料などを参考しますと、本来はもっとおおきな渦を描くはずです。倍くらい径が違いますねえ。これではダメです。

そこで、現行のアロイ合金製のものに交換します。ゼンマイの厚みと高さ・長さなどがオリジナルと同じものを選べば、ほぼオリジナルと同等のエネルギーを生み出します。

厳密にいえば、これは改造の一種とも言えなくもないです。なぜならこの時計を製造した当時には、この合金はまだ開発されていなかったからです。しかし、あまりにそこにこだわって「なにがなんでもオリジナルだ!」と原典至上主義や原理主義的な考え方に凝り固まってしまうと、、、修理は不可能になってしまいます。

当時と同じ性能を有する鋼鉄製の香箱用ゼンマイは、今ではどこにも残っておりません。年月を経たものは(たとえ保守用として使用されずにいたものであっても)全てへたっているからです。そういうものをオリジナルだからとありがたがって使うのは結構ですが、しかし、それは製造時の技師たちが想定した性能ではすでにありません。博物館に鎮座する骨董品としての価値を追求するならともかく。自分で使うものが性能でなきゃつまらないと思いませんか。

なにより、製造されたその時に合金技術が開発されていたなら、彼らは喜んでそれを使ったでしょうし、私は時計の性能を出したかったであろう彼らの意思のほうを汲み、尊重します。よって当時はなかったであろう技術は(本来の意図を超えない範囲であれば)適用可とみなします。


お固い話はホドホドに。

とにかく愛用の時計がサイコーにブン回ってくれなきゃ、おじさんイヤイヤなのっ。(キモ〜)

コホン。

最近頭が脱線気味でして、、、。笑


さあ、こんどこそどうだ〜。

水平も中心も出しまくりで、香箱のゼンマイも選手交代の念の入れようだ。

久々に童心に帰ったように無性に修理が楽しくて。

ダメでもダメでも、決してあきらめない。

今までもそうやって壁を乗り越えてきたし、これからもそうでありたい。

常にチャレンジすること。し続けること。新しい発見はその先にある。

(また少し格好いいこと言った気パート2)


再び、ベースムーブメントを組み直す。

回った!!(おっ。今度はかなりの勢いでブン回っているぞ。ヨシヨシ。)


歩度測定

左上)文字盤上 振り角 293° 歩度 +014 sec/day

右上)文字盤下 振り角 300° 歩度 +014 sec/day

左下1) 3時下 振り角 230° 歩度 +003 sec/day

左下2)12時下 振り角 230° 歩度 +011 sec/day

右下3) 3時上 振り角 245° 歩度 +009 sec/day

右下4)12時上 振り角 232° 歩度 -005 sec/day

ほうほう。コイツはひと頃の国産腕時計よりもマシな性能じゃないか。メリケンやるな。ちょんまげが馬子にも衣装で明治新政府とかおっぱじめた御代に、海の向こうではここまで進んでいたんだな。

ああ、苦労が報われる瞬間だ。もちょい詰めればクロノメーター入りも夢ではないな。機械からは十分にポテンシャルを感じる。むしろ私の技量の至らなさ。

、、、、、ここまでで延べ3日が経過。(苦笑)


やれやれ。やっと文字盤と剣付けへと進められます。

文字盤はポーセリン(陶磁器)なので、いわゆるクラック・ひび割れをしてしまったものが多いです。これもよく見ると小窓の下の6時位置に細かなヒビが入ってしまっております。しかし針はサビもなく、全体として年式の割に極めて良好な部類でしょう。天真が折れていたムーブメントにしては、文字盤が良すぎるので、オークションで高く売るために売り手のほうでさらにパーツ付け替えたりしているのかも知れません。そういう事例とおぼしきアイテムもたくさん見てきました。

いつもながら、まったく人様にはオススメしません。

少し高くても、ちゃんと整備されて動作する『完動品』を買ってくださいね?

(私が言ってもちっとも説得力ありませんが)


ケースの金具も新古品にもかかわらず年月によりすっかりサビだらけだっため、取り外して徹底的にサビ落とし&洗浄。オイル塗り塗りして再組み立てです。

これも中古品ケースの状態によってはサビがひどすぎて固着しており、分解すると折れてしまったりしますので、モノの状態によりけりです。分解せずにケース表面だけを軽く清掃して済ませるパターンのほうが多いです。あるいはまるごと硫酸とかで酸洗いすればピカピカになるでしょうが、廃液処理とか色々面倒なのでウチではそこまでしません。


ケースに組み上げたところ。4時半くらいの位置に切り欠けがあるのは、レバーセット用に作られたためでしょう。レバーセットの機械はウォルサムも含め各社とも黎明期のごく短い期間に数モデル作られたのみで、まもなく新型のアメリカ式ペンダント・セット(リュウズ操作のみで巻き上げ&時刻合わせ)に移行しました。そのため、作り置きしたケースが在庫に眠ったままになったのでしょう。こんなに立派なエングレービングのケースがミントに近い状態で残っていた理由は、たぶんそんなところかと。売れなかったんでしょうね。古いモデルを使っていると幅の利かない、いかにもアメリカ人っぽいお国柄を連想させます。

こちらで合わせた風防はアクリル製の後世に作られたもの。ミネラルガラス製でハンター・ケース用のものは現在は作られておらず、残された在庫もサイズ毎に飛び飛びだったりでまず見つかりません。アクリル樹脂などは20世紀に入ってから軍需主導で開発が進みました。我が国では戦時にゼロ戦の風防として採用されたのが最古の歴史らしいです。(当時は匂いガラスなどと呼ばれていた)

それから戦後半世紀とたたぬうち、様々な合成樹脂が世間一般に出回って広く使われるようになって久しいですが。いまではプラスチック類の環境破壊問題が叫ばれるようになりました。あっという間の100年ですね。色々な思いが頭をめぐります。


ケーシングのようす。バートレットはとにかく見た目が豪華。笑

『P.S. Bartlett』とは、ウォルサムの発展に寄与した技師さんの名前にちなんで、ということでネーミングされたモデルだそうです。

当時の人たちはどんな思いでこの時計を眺めたんだろうか。


工房主の手に乗る完成品。

「さあ、組み上げてやったぞ」

、、、しかし、時計は静かに佇んでいるのみ。


こちらは文字盤の反対側(裏面)

「さて。お次はどうしようかな?」

今となっては金無垢でもゴールドフィルドでも、もうどちらでも良いです。

私にとってはこの時計のリペア・プロジェクトを通して、かけがえのない経験を与えてくれたアイテムであり、永遠に宝物です。


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