OMEGA – Speedmaster Professional

OMEGA | Speedmaster Professional ref.3511.80

オメガのスピードマスターのオーバーホールご依頼です。新品でご購入されてから一度も整備されていないとのこと。内部がどのようになっているのか気になります。


オメガ・スピードマスター

まず分解前の測定から。振りこそ最大で250°とまあまあ出ているものの、歩度が全ての姿勢で -30秒程度の大幅な遅れになっています。ゼンマイを巻けばいちおう動くことは動くが、実用にはならない状態です。


裏蓋を開けて中をみていきます。たまにしかお使いにならず、乾燥剤と共に保管していたとのことでしたが、どうでしょうか。


裏蓋には97年に過去どちらかで整備された記録がありました。複数の時計をお持ちだと記憶が曖昧になることもあります。それにしても以後20年以上経過しています。


ムーブメント全体の表面が油汚れが蒸着して風化したようになっています。いったい何があったのだろうというレベルです。外装の見た目は少し使用感がある程度で問題がないように見えても、裏蓋を外せば相当に痛んでいることがわかる事例です。


自動巻ローターを外して、クロノグラフ機能の分解の途中です。受けに隠れていた部分は比較的汚れが少ないため、やはり蒸着による劣化が強く疑われます。常温で放置しているだけでは油膜汚れも通常ここまでひどくなりません。時計をドライヤーやストーブなどで無理に加熱した場合に似たようなことが起こります。風防の内側が曇ったりして水入りだと思い、時計を加熱して乾かそうなど考えるのはもってのほかで厳禁です。


ネジの頭も一部が痛んでおり、サビが生じていました。前回に整備した業者のやり方も問題があったようです。


地板まで分解したところ、なんと表面にありえないほどの油が流れ出しておりました。これが蒸着汚れの間接的な原因と思われます。リュウズの隙間から噴射ノズルなどで無理に市販の機械油でも入れたかのようです。もちろんそんな事をするのもNGです。過去のことはどうあれ、現状の状態があまりにひどいものは当工房のオーバーホールコースでは受付できないこともあります。実施可否の判断がむずかしいところです。今回はゼンマイを巻けば動くものであり、性能の回復は見込めないかも知れないものの、オーバーホールの実施自体は可能と思われたために受付しました。動くからといって何十年も放置されたものはダメなこともありますから、覚悟の上でお申し込みください。


すべてのパーツの分解と洗浄が完了したところ。表面の汚れは一部が腐食したように変質しており、完全には落とすことができませんでした。


2番車のホゾが摩耗してしまっています。これだけでも交換しようかとも思いましたが、他のパーツも軒並み状態がよくないため、ひとまず今回はオーバーホールのみで様子をみます。今後は定期的にメンテナンスに出すことをご依頼主に伝えて、また数年後に当工房に戻ってくるようなタイミングで適宜交換とします。


分解前(左)と洗浄注油後(右)バランスの耐震装置には全く油が残っておりませんでした。地板に流れ出すようなほどの油など入れても、肝心な部分の注油がなければ全く意味がないどころか、かえってパーツを全部痛めてしまうことがお分かりになると思います。いっぱい油を注して10年分ノーメンテにできるかというと、そういうことはできません。適切な量の注油を行って、5年毎などの油の切れるタイミングで定期メンテナンスをするしかないのです。


きれいになった地板に輪列を組んでいきます。新しく注油する油の量はつまようじの先をチョンとつけた程度です。この位の倍率の画像では油が差してあるかどうか見分けがつかない程度です。分解前のように受け全体が油で照り輝くほどの量がいかに異常であるか分かると思います。


ベースムーブメントまで完成したところ。


幸い、タイムグラファーで見る限りは正常な性能に戻っているようです。このまま進みます。このように性能が回復してくれる運が良い事例もありますが、すべてがそうとは限りません。


クロノグラフ機能を組んでいきます。見た目はあまり良くないものの、可動部分などは使える状態が保たれており、正常に機能することを確認しました。


つづいて、文字盤と針の取り付けをします。インデックスや針表面にも、蒸着質の汚れが見られます。当工房では針や文字盤はそのままとします。無理に汚れを落とそうとすると、かえって傷だらけになって余計に見苦しくなります。針の研磨や文字盤のリダンなども受付をおこなっておりません。


ケーシングのようす。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 300° 歩度 +000 sec/day

右上)文字盤下 振り角 307° 歩度 +002 sec/day

左下1) 3時下 振り角 282° 歩度 +004 sec/day

左下2)12時下 振り角 277° 歩度 +004 sec/day

右下3) 3時上 振り角 275° 歩度 +006 sec/day

右下4)12時上 振り角 275° 歩度 +004 sec/day


なんとか時計として使えそうな状態には整備できました。大切に使いたいと思われて乾燥剤などと一緒に保管されたのかも知れませんが、乾燥剤は化学物質のかたまりですから、使い方を間違えると思わぬトラブルの原因となりかねません。良かれと思ってしたことが、かえって時計のためには良くないかも知れません。特に時計では内部の注油が乾いてしまうことが問題となるので、長期間お使いにならない場合であっても、5年に1回以上はメンテナンスに出すのが良いでしょう。その際の業者選びも大切です。今回の事例がご参考になったのではないかと思われます。

また、時計のお手入れなどについてご不明な点は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

今回の該当コース:【 オーバーホールコース 】


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