ZENITH – el primero

zenith | el primero cal.400

ゼニス・エルプリメロの修理ご依頼です。形見のお品とのことで、見るからに70年代の雰囲気があり年季を感じさせます。時刻合わせのためリュウズを引いて回そうとすると、空回りして針が動かないとのこと。さてさて。


ゼニス・エルプリメロ

ゼンマイの巻上げのみはリュウズ操作で可能だったため、分解前の歩度測定を行ってみます。相当年月に渡ってメンテナンスされていないようでしたが、振り角はまだ200°を保っており歩度もそれほど大きな遅れにはなっていません。


ムーブメントを分解していくところ。切替車の軸付近から大量に赤サビの粉が飛び散っています。


受けを外して切替車を取り外したところ。2枚の羽根で挟まれた車は、時計回りに回転すると、すぐ下の大きな歯車とは別に単独で空回りします。時計と逆回りに回転したときだけ、下の歯車の羽根と噛み合って同時に回転するしくみです。この羽根と車の接点の油が完全に切れて乾ききっていました。その状態で使い続けると、このようにサビやすいパーツです。


こちらは文字盤を取り外した巻上げ機構を拡大したところ。リュウズを引いたときに連動して動くオシドリの位置を規制するための裏押さえが、キチンと組みついておらず浮いたままの状態になっています。


裏押さえのつるくび根元が折れてしまっていたため、新しいパーツに交換することになりました。エル・プリメロのcal.400は発表されてから現在に至るまで、ムーブメントの基本部分の構造はまったく同じままです。パーツの表面仕上げなどは時代やモデル毎に多少の違いはありますが、形状および寸法はご覧の通り同じものです。


クロノグラフ・プッシャーやリュウズパイプ付近は経年のご使用によりすっかり汚れがたまり、緑青などもみられます。ケースの洗浄と合わせてこの部分も分解して手入れを行い、ピカピカになりました。


すべてのパーツの分解と洗浄が済み、パーツケースにいれたところ。裏押さえをのぞいて、ほかに交換が必要なパーツは見つかりませんでした。時刻合わせが出来なくなり、今日まで使われないままだったことがかえって幸いしたのかも知れません。


地板にバランスを組んで、ひげぜんまいの調整を行います。


巻上げ機構を組んでいくところ。新しい裏押さえがオシドリのピンとしっかり合っているようすが分かります。これでリュウズを引いたときはオシドリが正しい位置へ固定され、そこに接続するカンヌキがツヅミ車を移動させることで針回し輪列と噛み合い、リュウズを回せば針が動く仕組みです。


つづいて輪列の組み付けへと進みます。香箱と角穴車、2番車〜3番車まで乗せたところ。


輪列受けを組んで、クロノグラフ機構の一部となるクラッチ・ホイール周辺まで組み込み、脱進器やバランスを取り付けしてベースムーブメントは完成です。


ベースムーブメントの測定。全巻きで最大260°ほど振っています。10振動(毎時36,000振動)の機械であるため、あまり振りが高すぎるとパーツの摩耗により寿命が短くなってしまうという配慮がされています。さらに自動巻ブロックの追加により振り角が伸びる場合が多いため、ベースとしてはこれで十分に合格です。


切替車はサビを落として補修により再利用可能でした。油が切れることでどうしてもサビが生じやすい構造のため、cal.400の切替車は交換事例が多いパーツのうちのひとつです。パッケージ入り新品パーツは1つで当工房のオーバーホール料金と同じ位の値段がします。定期メンテナンスを怠ると、のちのち非常に高くつく機械だと思います。


クロノグラフ機構の組み付けが完了したようす。ゼニスのエル・プリメロのクロノグラフは、ロレックスのデイトナにも採用され、長年に渡って同社からムーブメントが供給されてきた実績があり、信頼性の高い機構として定評があります。


自動巻ローターブロックを組んで、ローターの動作チェックを行います。ここでのスムーズな動きの鍵を握っているのが切替車です。その状態が大きく影響します。切替車がサビで動きが悪いとそこがストッパーになり、いくらローターを回そうとしても動きが鈍くなり、ゼンマイを巻き上げるトルクを生み出すことができません。結果として時計を身につけているだけでは巻上げ不十分になり、手巻きしなければすぐ止まってしまうようになります。今回の修理によって滑らかな動きに回復し、動作チェックは合格です。


代わってこちらはカレンダー機構を組んだようす。瞬間送り機構の動きも合わせてチェックを行います。こちらも特に異常は認められませんでした。


文字盤と針付けへと順調に進みます。ひと目見て「あの時代のモノだ」と分かるデザインというか流行様式のようなものがあります。どこかSF風でもあり、サイケデリックな雰囲気のものは、1970年代前後にあらゆるモノに見ることができ、今回の時計もそのうちの例に良く当てはまっている気がいたします。


ケーシングまで来ました。およそ半世紀以上にも渡って変わることなく、現在でもゼニスを代表するムーブメントであるcal.400は、それゆえに完成度の高い傑作ムーブメントと評価される優れた機械です。


最終特性

左上)文字盤上 振り角 280° 歩度 +003 sec/day

右上)文字盤下 振り角 277° 歩度 +003 sec/day

左下1) 3時下 振り角 260° 歩度 +009 sec/day

左下2)12時下 振り角 259° 歩度 +000 sec/day

右下3) 3時上 振り角 256° 歩度 +001 sec/day

右下4)12時上 振り角 249° 歩度 +005 sec/day

ローターまで組んで最終的に振りは280度まで伸びました。さすがに新品のエルプリメロには譲りますが、歩度もまだクロノメーターと呼べる域に収まっております。70年代に作られた時計としては驚異的な性能というべきでしょう。

今回の該当コース:【 すべておまかせコース 】